山の日レポート
通信員レポート「これでいいのか登山道」
【連載】 これでいいのか登山道
2023.07.02
「私たちは登山道のために何ができるのか?」と、法整備の必要性を説いている「登山道法研究会」の方々による連載。今回も「どうして登山道法の制定が必要なのか」について研究会副代表の森孝順さんが綴ります。
文・写真提供 登山道法研究会副代表 森 孝順さん
登山道は、道路法に基づく国道、県道のように、規格や構造などが一律に定められている道路ではなく、明確な定義がなされていない徒歩利用の山道です。レクリエーションで野山を歩く道として、登山道、遊歩道、探勝歩道、自然歩道など各種の名称がありますが、その区別はあいまいです。
登山道の立地、危険の性質、利用状況などの形態により、登山道の管理責任と利用者の自己責任の割合が大きく変わってきます。
全国で登山者が利用しているものの多くは、自然発生的な山道です。峠を越えて集落と集落を結ぶ生活道、山の手入れや炭焼きなどの山仕事の道、人馬が往来する物資運搬の道、山岳信仰の道など、昔から人々が歩いてきた山道が登山道として利用されるようになったものです。誰が管理しているのか、判然としない山道も多く存在します。
国有林管理、水源林管理、電力施設の管理のための巡視道などが登山道として供用されてきたものもあります。さらに山小屋の経営者により、あらたに開設された登山道もあります。山域の山道は、これまで法的根拠もあいまいのままに利用されてきました。
登山者は目的とする山頂に至るまでに、さまざまな土地所有者の道を歩くことになります。山林所有者の私有地、地方公共団体の管理する公有地、林野庁の管理する国有地、電力会社や製紙会社の所有地、お寺や神社の所有地など、多様な土地所有者の道を登山者は利用しています。
登山者は山を歩きながら、誰が土地を所有しているのか気にもかけずに利用してきました。土地所有者側も、土地を取得する以前から利用されてきた経緯を踏まえて、特段の不利益が生じない限り通行を黙認してきました。
イギリスでは、1932年に「歩く権利法」が成立していて、国有地、公有地、私有地を問わず、他人の土地を通過する権利、景色を楽しみ休息する権利を認めています。フットパスとは、誰でもがレクリエーションのために「歩く権利」を持つ自然歩道を意味しています。ここでは、私有地の地主は通行することを拒否できません。長年積み上げてきた慣習と、それに基づく権利意識を背景にしています。
北欧のノルウェーでは、1957年の「野外レクリエーション法」に、私有地、公有地を問わず、森林、山岳、沼地などへの「アクセス権」を規定し、自由に歩き回る権利を保障しています。
スイスでは、登山道を憲法に規定して、国が土地の所有者に関係なく歩道を認定し、利用は無料で、維持管理は地元の自治体が行なっています。アルプ(alp)とは、スイスドイツ語で高地の牧場のことです。牧畜農民にとって、山を歩くことはほとんど生きることと同義語となっています。
日本には「歩く権利」という考えがありませんが、公有地であれ私有地であれ、実際は自由に利用しています。土地所有者も利用者も権利関係を明確にすることなく、曖昧なままに対応してきた状況が継続しています。
自然公園法がカバーしている国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の指定面積は、国土全体の約15%です。残り50%以上にある山域の登山道(山の道)の実態は、ほとんど把握されていない状況にあります。
利用者の少ない山域では、標識も朽ち果て、路面は侵食されて、ヤブに覆われている山の道も出現しています。このままでは全国の山の道の整備・維持管理が、遠からず崩壊することになります。山域により、維持管理に大きな格差が生じ、道迷いを防止するために、廃道にする必要がある箇所も増加しています。
新型コロナウイルス対策で一時的に減少しましたが、 これから日本経済に大きな影響を与えるのが、インバウンド政策による訪日外国人の山岳利用の増加です。観光立国として海外からの登山客を安全に受け入れることは行政の責務であり、この観点からも、登山道の管理責任と利用者の自己責任を明確にした、法制度を導入する必要があります。
以降、研究会のメンバーによる連載に加えて、全国各地で登山道整備に汗を流している方々の寄稿なども掲載できればと思います。
この記事をご覧の皆さまで、登山道の課題に関心をお持ちの方々のご意見や投稿も募集しますので、ぜひご意見、ご感想をお寄せください。
送り先=gama331202@gmail.com
登山道法研究会広報担当、久保田まで
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