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山の日レポート

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通信員レポート「これでいいのか登山道」

【連載28】これでいいのか登山道

2024.11.01

全国山の日協議会

よりよい山の道をめざして、私たちにできることは何だろうか?

連載28回目は富士山の近くで電車の運転士として働いていらっしゃる油井智さんに、地元の大室山で、登山道と自然保護政策に関して感じたことを綴って頂きました。この連載をお読みの皆様も、ぜひ、お住まいの地域や、出かけた山々で感じたことなどご寄稿くださいましたら幸いです(ご寄稿先メールアドレスは文末にあります)。

連載28  大室山で感じた、登山道と自然保護政策に対するハテナ

文・写真  油井智(鉄道運転士)

精進湖畔パノラマ台からの「子抱き富士」。手前が大室山

 私は5年ほど前から富士山のふもとで暮らしている。山好きが高じて、散発的にではあるが、友人を集めてエコツアーのまねごとをしたり、勤め先の企画イベントとして参加者を募り、ハイキングを実施することもある。
 最近特にお気に入りなのは、青木ヶ原樹海の最深部に位置する側火山「大室山」だ。精進湖や本栖湖畔から、富士山と手前に位置する大室山を重ねた風景を「子抱き富士」と呼ぶのを聞いた人もいるだろう。「自殺の名所」のイメージが先行し、樹海と聞けばじめじめとした薄暗い密林を想像する人が多いが、実際に樹海を歩いてみると、林道歩きは思いのほか快適で、入ってみれば意外なほど豊かな森であることに気づかされる。深い針葉樹の森を抜け大室山の山麓にたどり着くと、そこは巨木なブナの明るい森が広がる。

大室山のブナの巨木。最近はナラ枯れで倒れるものも

あるはずの登山道が公的に認められていない

 このエリアのおもしろさ、奥深さを多くの人に知ってもらいたいと、先日青木ヶ原樹海と大室山での地図読みハイキングツアーを企画した。募集に先立ち、特にこの山域で注意すべき点があるか、担当となる環境省の現地事務所に問い合わせたところ、「大室山は特別保護地区であるが登山道が無いため、積極的に立入を認めることはできない」、「立入禁止ではないので個人の入山は規制できないが、商業目的の登山ツアーの実施は考え直してほしい」という趣旨の回答があった。
 この回答をうけて、私はツアーの実施をあきらめたのだが、ここでふたつの疑問が湧いた。まず、「登山道とは、誰かの認証を必要とするものか?」という疑問である。
 青木ヶ原樹海の中でも大室山は自然公園法が指定する「特別保護地区」にあたる。これは、自然保護と活用を標榜する自然公園法のなかでも最も「保護」に重点を置いた区域であり、特に既存の自然を棄損しない活動が求められている。ここでは、植物採集はもとより、落ち葉一枚も持ち帰れない厳しいルールが設定されている。私はここで地図読みツアーをやりたいと言ったわけだが、「特別保護地区では登山道を外れずに歩行することが求められるが、大室山には登山道がないので、ここを通行してください、とお願いすることができない」ということらしい。
 はて、である。

「登山道」をたどって大室山の山頂を目指す

 大室山には北側斜面から三角点のある南峰に至る明確な踏み跡がある。実際に私はその踏み跡をたどって何度も大室山の山頂を踏んでいるし、明らかに登山者のためのピンクテープもある(ちなみに点の記「大室山」では、三角点へのアクセスはこれとは違う東斜面からであった。このルートも興味深い)。つまり、登山者の感覚として、大室山には登山道が存在するのである。しかし担当者は、「(特別保護地区という環境の特性もあって)地理院地図には登山道の表記はないし、登山地図の出版社には登山道の表記をしないようお願いしている」という。地図(地理院地図)や出版物に記載がないルートは登山道と認められていない、ということだろう。登山道を明記せず、そこに至る道がないと思わせることで特別保護地区への登山者数を抑制しているようだ。では、登山道に「お墨付き」を与える権限は国土地理院や出版社、あるいは行政機関にあるのだろうか。あらゆる登山道は、管理されているかどうかに関わらず現にそこに存在しているものであって、認証機関があるという認識はこれまでなかったが、ここではそういうことなのだろう。

大室山の山頂には気持ちの良い風が吹く

個人登山は黙認、ツアーはダメ?

 もう一つの疑問は、「個人の立ち入りは黙認し、団体ツアー登山を拒否することが自然保護につながるのだろうか?」という点である。
 立入禁止が明示されていない以上、個人や私的なグループの入山は拒めないが、広く参加者を集めて実施する登山ツアーは遠慮してほしい、ということだが、それは今後起こりうるオーバーユース等の問題に対する最適解なのだろうか。
 大室山は、溶岩流に覆われ針葉樹林が広がる青木ヶ原樹海のなかにあって、奇跡的に噴火被害を免れた広葉樹林の広がるエリアである。山中はブナやカエデ、カラマツの新緑や紅葉が美しく、山頂付近の草原からは間近にそびえる富士山や駿河湾のパノラマが楽しめる。足元をみれば火山噴出物のスコリアや火山弾が点在し、樹海の森と広葉樹林の境目では、溶岩の流れた区域と被災を免れた森の植生の違いを目の当たりにできる。トラックが通れるほどの幅広い林道や植林地、繊維業で使用するカイコガの卵を冷蔵保存した風穴など、自然と日本の経済成長とのかかわりを知ることもできる。この区域がいかに貴重で、それでいて人間のくらしと深く結びついている場所である、ということを伝えるガイドを伴う登山が規制され、無秩序に行動する恐れもある個人登山者を黙認することは、はたして自然公園の保護という目的に即しているのだろうか。

大室山の紅葉はアルプスより遅く、都心よりも早い

大室山の登山者対策と環境保護はこのままでいいのか

 ひとつめの疑問について、地図での登山道非表示による登山者の抑制は、時代遅れになりつつある。ヤマレコなど登山アプリでは、一定期間内にアプリを使った登山者の歩行実績が地図上に小さな点で描画され、だれでも閲覧できる。大室山においても、無数の点がひとつのルートを使って山頂に向かっているのがわかる。インターネットで情報収集をする時代、出版された地図に登山道の表記がなくとも、そこを歩いた人がいたという情報はすでに共有されており、地図への非表示による登山者抑制は今後ますます現実的ではなくなるだろう。
 ふたつめの疑問について、ブログや登山アプリでは、大室山への登山レポートをいくつも見つけることができる。登山道がやや不明瞭である以外に危険箇所はなく、歩行時間も片道1時間半~2時間程度と手軽なハイキングルートである。大室山の山頂付近は草原になっており、富士山を一番近くから望めるビューポイントだ。私は確認していないが、海外からの観光客や日本在住の外国人の登山者が訪れ、写真を紹介することもあるだろう。個人登山者が今後増えていくであろうことは想像に難くない。
 こうした現状をみると、大室山における「目立たないようにそっとしておく」とみえる現状の環境保護姿勢が適切であるとは考えにくいのであるが、それは大室山好きのいち登山者の杞憂に過ぎないのだろうか。

鬱蒼とした樹海の木々も、美しさに満ちている

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大室山から富士山を望む

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