山の日レポート
通信員レポート
ミスター富士山手記【運命の生涯登山】 2青春時代 (1/2)
2025.08.14
文・写真提供 實川欣伸さん
中学卒業後、夜は定時制高校に、昼は三井系の企業に就職し、山岳部に入部した。部活は丹沢の沢登りがメインだったが、私は子供の頃に鶴見川で2回溺れて水恐怖症で、更に高所恐怖症でもあった為、部の集中登山の際は、一人で尾根を登って山頂で合流していた。仕事の休日は日曜だけだったので、土曜の朝、ザックを背負って出勤し、退社時は仲間とザックの重さを競い合いながら、2尺4寸のキスリングの上に大きな鍋を載せ、電車を乗り継ぎ渋沢駅へ。当時は大倉口までバスは無く、1時間ほど歩いて登山口へ向かった。
懐中電灯を点けて登山開始。真っ暗な大倉尾根(バカ尾根)で悪戦苦闘だ。当時、高校、大学山岳部が歩荷訓練を行っていたが、疲労による遭難事故が多く“しごきだ”と問題になっていた。天気が良ければ夜のバカ尾根は、星空の中を天に向かって登るようで疲れを忘れさせてくれる、好きなルートだ。急登を登り切ると花立山荘。ここからの登りは少し楽になる。30分登ると金冷やしの分岐点、それを左に曲がる。現在は木道で整備されているが、昔は自然のままで急な下り坂なので、金冷やしと付けられたのだろう。約10分で大丸に到着。小高い丘の防風林の中で、幕営地には最適な場所だ。現在の丹沢はテント禁止だが、この場所は、丹沢登山の度にテント泊をして酒を飲み交わした等多くの楽しい思い出がある。
丹沢の大倉尾根(バカ尾根)にて
しかし、私にとっては一生忘れることの無い悲しい場所。実は、前回に記述した磐梯山登山には続きがある。会社のテントを借り高校の仲間と行った磐梯山キャンプを終えた出社後、そのテントで会社山岳部の部長達が那須へキャンプに行く予定だった。それなのに私の「磐梯山良いところだった」の一言で、那須から行先を変更し、一行は磐梯山・桧原湖へ向かったのだ。キャンプ地に着くと、仲間とボートで湖の中央辺りまで行き、そこから部長は泳いでボートと競争しながら岸に向かったが、部長の姿は消え、捜索の末、湖底に沈んでいた。水温の低い桧原湖での水泳は非常に危険なのだが、最悪の事態となってしまったのだ。その後、白馬岳と丹沢系を愛した部長の遺志に沿い、この丹沢大丸に部員で墓碑を設置した。60年経った今でも変わらず建っていて、登山の際は手を合わす。辛く切ない場所なのだ。
丹沢大丸慰霊碑の横で
登山の話に戻そう。テント泊の翌朝は前日の坂を登り返し、金冷やしからバカ尾根に入ると20分ほどで塔ノ岳到着。360度のパノラマで相模湾、富士山が見える。尊仏山荘はトイレ以外昔と変わらない。主人の花立さんは温厚な方で快く接してくれる。下りてくる登山者に「花立さん居た?」と聞くと「いるよ」と言われ訪ねても居ないことがある。途中の花立山荘と勘違いされるようだ。昭和40年頃の春、ヤビツ峠から2ノ塔3ノ塔と表尾根を縦走して塔ノ岳に着くと、夕方、卒業記念登山なのか、女性達の中に懐中電灯がなく困っている人がいて、手を取り下山させたら好意を持たれ交際に発展したことがあった。春の丹沢はガールハントのメッカだったのだ。そして若い頃は無茶ばかり。台風接近中に日光の中禅寺湖キャンプへ強行した時は、日光駅で野宿をして台風を過ごし、中禅寺湖の千手ヶ浜でテントを張った。毛布にくるまり寝るも寒くて全く眠れなかった。とにかく台風が接近しようが行くと決めたら出掛けていった。
丹沢登山
台風接近のある夏日、女性一人男性三人で軽井沢駅で下車し、雨天スタート。荒船山(1423m)を過ぎた辺りは避暑地だけあって肌寒さを感じ、励まし合いながら悪天候の中、目的地の「神津牧場」に到着。管理棟にテン泊許可に行くと「台風が通過するから山小屋に泊まれ」と言われる。テント泊の予定なので余分なお金は無いと言うと「金は払わなくて良い」と言われ泊めて頂くことに。翌朝は台風一過の見事な晴天。眺める牧場の景色は、牧草に覆われた高原で、眼下には緑に囲まれた“ネギの産地”下仁田の街並みが限りなく見渡せ、吹く風がとても爽やかだった。そこに、当時“名犬ラッシー”で人気のコリー犬がいた。おとなしく人に良く懐く可愛い犬だった。それにしても無料で泊めてくれた管理人には頭が下がる。神津牧場は、女優の中村メイコさんのご主人で作曲家の神津善行氏の牧場と知り、管理人の優しさに納得。今も心に残る感謝の気持ちに溢れた思い出の一つだ。
神津牧場
感謝と言えば、富士五湖の本栖湖へ女性一人男性二人でキャンプに行った帰路、富士宮駅で最終列車に乗り遅れ、野宿しかないか?と考えていたら、富士登山ガイドをして帰宅するオジサンに声を掛けられ「地元の農家だけど家に泊まっていけ」と言われ、深夜にお邪魔し、風呂に入り寝かせて頂いた。朝食は初めて食べる麦100%のごはん。遠慮するなと言われ2杯頂く。見ず知らずの若者をタダで泊めて頂けた良い時代だ。
本栖湖キャンプ場
白糸の滝にて
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