山の日レポート
良くわかる今どきの山の科学
【連載:山の科学1】山に水を運ぶ水循環
2021.08.08
登山中に汗をかいて、水場で飲む冷たい水のおいしさは、誰もが「いいね」と評価するのではないでしょうか。筆者は高校まで山形県の内陸で暮らしましたので、飯豊・朝日連峰や鳥海山などに登っていました。毎月のように通った朝日連峰では、金玉水・銀玉水が有名ですが、古寺鉱泉から登り始めて最初の一服清水が特に好きでした。当時は、土曜午前の授業が終わってから、柳川までバスで行き、そこから神通峡沿いをひたすら歩いて古寺鉱泉の近くにテントを張りました。翌朝、テントを残置して大朝日岳を往復し、古寺鉱泉に戻り、さらに神通峡を歩き最終バス(まだ明るい時間です)に乗って帰るというルートです。バスの発車時間が決まっていますから、最後は駆け足になることが多かったように思い出されます。当然ながら、今の体力では絶対に無理な行程で、高校生だからこそできたのでしょう。
さて、山の水場でこんこんと湧き出す水ですが、どうして高い山で水が湧き出すのでしょうか。私たちは、山に登るには、重いザックを背負い、重力に逆らってゆっくりと歩を進めなければなりません。水場に湧き出る水を高い山まで運び上げているのは、いわゆる水循環のなせる技です。水が気体・液体・固体の3相で存在できることが、地球上で水が活発に循環する必須条件となっています。海や陸上から蒸発散によって大気中に放出された水蒸気が、雲の中で微少な塵や埃を核にしながら氷晶として成長し、落下速度を得る大きさの雪粒子になると降り始めます。降ってくる途中で雪粒子が融けると雨になり、雨として地表にもたらされた水は、樹木に一時的に貯留されてすぐさま蒸発したり、土壌に浸透し樹根から吸収され葉から蒸散によって大気中に戻ったり、地下に浸透し湧水・河川水としてなどの様々な経路によって再び海に戻ります。また、雪のまま地表に降ってくると、水が固体の状態では容易に流れることができませんから、地表に滞留することになります。この滞留時間の長短は様々ですが、液体の状態になるまではその場に留まるので、雪は天然の白いダムであると言われます。もちろん、氷河のように固体のままゆっくりと流動することもあります。地球上にある水の大半を占める海水を蒸留し、陸上の生物にとって不可欠な淡水を供給する優れた装置が水循環なのです。標高が高い場所に水を運び上げる駆動力は、蒸発から氷晶形成に至るまでの降水粒子形成過程です。大雑把な見積もりでは、年間に地球表面から1,000 mmの水が蒸発し、同じ量だけ降水となっています。地球表面の7割を占める広大な海からの蒸発量に匹敵する降水量を、部分的に発生する雲でまかなうのですから、降水粒子形成過程の効率は極めて良いことがわかります。
標高の高い場所への降水は、様々な流下の道筋を経て海に戻るまで、途中で多くの生き物に恩恵を与えることになります。我々人間にとっても、山岳地域で涵養された水は水資源として極めて重要で、水は山にもたらされる大きな恵みです。しかしながら、日本は島国であり大陸と比較して河川の流路延長が短く、流路勾配も急であるため、河川水の流速が早く滞留時間が短くなります。そのため、水を効率的に利用するために、多くのダムが造られることになります。人為的に造られたダムは、水のみならず土砂や栄養塩の下流への流下を阻止するため、海岸での砂浜の減少や沿岸生態系への影響などの弊害も懸念されています。次回は、天然の白いダムである山の雪について綴ります。
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