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山の日レポート

山の日レポート

通信員レポート

山とシカ(上)

2022.08.01

全国山の日協議会

元麻布大学獣医学部教授 高槻成紀

~山に親しむ機会を得て 山の恩恵に感謝する日~
8月11日 山の日
「みんなで山を考えよう」
元麻布大学獣医学部教授の高槻成紀さんに綴っていただきました。

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私の見るところ山登りをする人には2タイプあるようだ。一つはピークハンターで、そこに達するまではいわば苦行であり、じっと耐える過程である。もう一つは山行全体を楽しむタイプで、もちろん山頂でも喜ぶのだが、山道を登りながら草花や樹木を眺めることも、鳥の声を聞いたり、昆虫を観察することも楽しむ。あるいは動植物よりも地形や岩石や気象に興味を持つ人もいる。
私のような生態学者はもちろん後者に属し、山頂に行くことも楽しいが、別に山頂に行かなくても十分に楽しい。私は事情があって動物も植物も区別なく研究しているが、日本の動物学者は植物には関心のない人が多い。植物学者も動物にはあまり興味を示さない傾向がある。ところが今世紀になって植物学者がシカのことを問題にするようになった。そのことを説明したい。

私がシカと植物の関係を研究し始めた1980年代、植物学者でシカのことを語る人は全くいなかった。その関心も必要もなかったから当然である。ところが1990年くらいから各地でシカの影響が強くなり、要するに興味があるわけではないが、自分の調査地の植物が大変化をするようになって、放置できなくなったのである。そこで2010年に植物生態学者がアンケート調査をし、全国でシカの被害がどういう状況にあるかを調べた。その結果、思いのほか広い範囲で影響が認められ、特に太平洋側では関東、中部、近畿、四国、九州の広い範囲で土砂崩れを伴うような重度の影響がある場所が少なくないことがわかり、関係者は驚愕した。シカ研究者は植物のことをよく知らないので、このような調査がシカにもともと興味のない植物学者によって行われたことは皮肉なことであった。

ニホンジカの群れ

数十年日本の山を歩いてこられた読者には、ピークハンティングだけしていた人を別とすれば、確かに山の様子が変わったと実感される方もおられるはずだ。初夏に林を歩くと樹皮が剥がれているのを見るようになったとか、ササがあった林でササが少なくなったとか、盆栽型になった低木が目立つようになったといったことをご自身で体験したり、あるいは、周辺で語るのを聞いたりしたのではないか。確かに日本の山の植生はシカの影響で大きく変化した。このことが顕著になったのは1990年代である。

ではなぜ1990年以降にシカが増えたのだろうか。シカに限らず生物の数の増減は生まれる数と死ぬ数のバランスで決まる。シカが増えたのは生まれる数が死ぬ数を上回ったからに他ならない。では生まれ数が増えるということにはどういう背景があるのだろうか。これにはメスの妊娠率が高くなったことが挙げられる。シカは成長が早く生後1年経てば大人に近いくらいの体格になり、1歳の秋には一部に妊娠可能なものも現れ、2歳になるとほぼ確実に妊娠する。この1歳の秋が重要で、栄養状態の良い集団では体重が40キロ台後半になり、そうなるとかなりの個体が妊娠するが、栄養状態が良くないと体重が40キロ台前半止まりで、妊娠できないものが多くなる。野生動物は生まれてから徐々に個体数を減らしてゆくから1歳の個体数は多く、その年代の妊娠率が高くなると集団全体の出生数が跳ね上がる。この栄養状態は夏の食物の量と質による。
シカの食物は植物の葉であるから、基本的にはどこにでも豊富にある。しかし実際にシカが利用できる植物は地上に生える草本類が主体であり、それらは林の中よりも明るい草原で多い。森林を伐採すれば、こういう草本類は増える。また牧場の牧草は家畜を肥育するために品種改良されたものなので、シカにとっても優れた飼料であり、しかも最も食物が乏しくなる早春に野草に先駆けて葉を伸ばすので、体力が疲弊したシカにとってはありがたい救いの手となる。

シカの新生児

次に死亡を考える。主な死亡要因は狩猟と餓死である。これらが最近減ったのだろうか。狩猟圧が減ったことは間違いない。狩猟は農山村の若者の楽しみの一つで狩猟免許を持つ人も多かったが、過疎化により、また銃砲の取締り強化やハンターのイメージなども変化したことなどが重なってハンター人口は激減し、しかも高齢化している。これがシカ増加の一因であることには疑いの余地はない。では餓死はどうだろうか。シカにとって冬は厳しい季節である。食物が乏しくなり、シカは痩せる。そして低温が体力を奪い、多くのシカが餓死する。ことに体が小さく、体力もない0歳の子ジカは積雪が深刻な死亡理由になる。このことが暖冬により、積雪が減少してシカの死亡率が低下したということもありそうである。

早春に死亡したシカ

前述の通り、シカが急増したのは1990年代である。私はこれらの環境要因を時間軸に沿って比較してみた。森林を伐採すればシカにとっての食物となる草本類が増加するはずであるから森林伐採面積を調べてみたが、これは1950-60年代に拡大しており、その後は減少していてシカ増加とは対応しなかった。牧場造成はどうか。これも拡大したのは1970年代であり、その後は横這いで、対応しない。ハンター数は1970年代にピークをとった後は急激に減少している。1990年代に非常に少なくなったという点では多少のタイムラグはあるものの、概ね対応しているといえそうだった。しかし、個別の要因との直接的な因果関係は認めづらく、問題の複雑さを感じた。シカの増加という現象は、生物現象であるには違いないが、私が試みたような単純な要因抽出にはなじまず、農業社会という日本社会全体の大きく、深い問題として総合的に捉えなければならない。
一言で言えば、農山村から人がいなくなったことに派生するさまざまなことが複合的に効いているのだと思われる。人が少なくなれば、野生動物にとって接近しやすくなる。耕作放棄地や牧場は自然界にない栄養豊富な食物を提供する。そこで増えたシカはかつては狩猟圧によって抑制されていたが、そのタガは外れた。戦後に植林されたスギやヒノキの人口林が育って暗い林になったが、人工林はシカの食物は少ないため、そこを超えて山地の落葉樹林に拡大し、さらには亜高山帯から高山帯にまで拡大してしまった。高山帯は冬にはさすがに住めないので、シカは季節移動をして低地で越冬し、夏に高標高へ移動するので、思いがけない高山でシカをみた読者も少なくないはずだ。生育期の短い高山帯でのシカの影響は強くなりがちで、その劣化が懸念される。このことは、シカの増加は日本社会の変化を反映しているのであり、そうなったのは戦後の日本の政治の選択、つまり農業の軽視と都市化の促進の結果であったといえる。この内容は『シカ問題を考える』(ヤマケイ新書)に書いた。
私は、登山家はナチュラリストであって欲しいと思う。フィジカルに難登山を楽しむ山行もいいが、山歩きは動植物のことがわかれば楽しみが何倍にも大きくなる。そのような登山家がシカの影響を意識しながら山行をすれば、かつての山との違いに気づくはずである。ぜひ試みていただきたい。

高槻 成紀(たかつき せいき)プロフィール
1949年鳥取県生まれ。元麻布大学獣医学部教授。東北大学理学博士。専門は生態学、保全生態学。ニホンジカの研究を続ける一方、ニホンザル、ツキノワグマ、タヌキなども調べている。またモンゴルのモウコガゼルと家畜の関係、スリランカやマレーシアのアジアゾウの研究もおこなっている。著書に「野生動物と共存できるか」「動物を守りたい君へ」(岩波ジュニア新書)、「唱歌「ふるさと」の生態学」、「シカ問題を考える」(ヤマケイ新書)、「シカの生態誌」「哺乳類の動物学、5 生態」(東大出版会)、「となりの野生動物」(ベレ出版)、「タヌキ学入門」(誠文堂新光社)など。

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