山の日レポート
良くわかる今どきの山の科学
【連載:山の科学6】山の湖(前編)
2022.02.10
良くわかる今どきの山の科学について、専修大学文学部環境地理学科 教授 苅谷愛彦先生へとバトンリレーして『山の湖』について綴っていただきました。
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山の高みは気持ちがよいものです。山頂から見渡す四季折々の風景は、登りの苦しさを一瞬で吹き飛ばしてくれます。一方、突き出た頂とは対照的に、山には谷や、周りを斜面に囲まれた「くぼ地」(盆地)もあります。特に、出口をふさがれたくぼ地に水が溜まると、湖や沼、池が出現することがあります。山の湖はどこか神秘的で、これもまた気持ちを癒やしてくれる貴重な存在です。そんな山の湖は、どのようにして作られたものでしょうか。人造湖は別にして、天然の湖を成因ごとに分類してみましょう。なお、これから3回の解説では、湖と池、沼などの用語について厳密な使い分けをしません。詳細は、「地形の辞典」(朝倉書店)などを参照してください。
火山から溶岩や火砕流などが流出して川を堰きとめると、その上流側に湖が出現することがあります。火山国・日本では火山活動に伴う堰き止め湖がいくつもあります。例えば、中禅寺湖(栃木県)は男体山から流れ出した溶岩などが大谷川を堰き止めて形成されたもので、堰き止めの場所に華厳滝がかかっています。上流の戦場ヶ原も、主に火砕流による堰き止め湖が湿原化したものです。また雄阿寒岳を取り囲む阿寒湖やパンケトー、ペンケトー(北海道)も、主に溶岩流の堰き止めによる湖ですし、苔と原生林で知られる白駒池(長野県)も八ヶ岳の溶岩流に取り囲まれた閉そく地に水がたまったものです。
川の堰き止めは大規模な斜面崩壊(地すべりや山崩れ)でも生じます。とりわけ、強い地震や大雨の多い日本では、斜面崩壊に関係した大小様々な堰き止め湖が存在します。タキタロウ伝説で有名な大鳥池(山形県)は、湖の北側や東側から移動してきた地すべり性の岩盤に堰き止められて生じたと考えられます。磐梯山の南麓には猪苗代湖が、北麓には桧原湖や小野川湖(福島県)が知られますが、いずれも火山麓にあるから溶岩流や火砕流による堰き止め湖かと思いきや、実際は巨大な斜面崩壊が関係しています。猪苗代湖は約5万年前に、桧原湖などは西暦1888年に磐梯山の一部が崩壊することで生じました。なお、猪苗代湖には活断層も並走しており、その活動による地盤の沈降も影響しています(このような湖を断層湖といいます)。また変わり種になりますが、1969年夏、黒部川上廊下の支流・廊下沢から大量の土石流が本流に流れ込み、名無しの堰き止め湖(富山県)が出現したことがありました。沢屋に「黒五」と呼ばれたこの湖は短命でしたが、広河原や天然ダムのなごりが今も見られます。
斜面崩壊の前ぶれとして、斜面全体の岩盤が年数mmよりもずっとゆっくりズレ動くことがあります。逆に、このズレが急速になると斜面崩壊に至ります。その緩やかな岩盤の移動に伴い、尾根や斜面の中腹に溝状や楕円状のくぼ地が形成されることがあります。フナクボ(舟窪)や二重(多重)山稜と呼ばれる地形で、そこに水がたまると水域が現れます。蝶ヶ岳・妖精ノ池(長野県)や弓折岳・鏡平池(岐阜県)はその好例です。このような岩盤の移動は堆積岩や変成岩から成る大起伏山地では普遍的に生じることが判明しており、四国山地や九州山地にも発達します。ただし、水域を維持するには相応の降雨や降雪が必要で、絶妙な水の収支バランスのうえに成りっているものと考えられます。実際、岩盤の移動は日本アルプスのどこでも起きていますが、この成因による湖や池が北アルプスに多く、南アルプスに少ないのは雪の量が決め手になっているためです。(続く)
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