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山の日レポート

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良くわかる今どきの山の科学

【連載:山の科学8】幻の山の湖

2022.02.24

全国山の日協議会

専修大学文学部環境地理学科 教授 苅谷愛彦

◆これまで「山の湖はどうしてできるのか?」という問いに答えてきました。今回は、姿を消してしまった幻の湖をご紹介しましょう。なお、ここでの湖の名は仮称であり、公式名ではありません。

古爺ヶ岳湖

爺ヶ岳(富山県・長野県)や白沢天狗山の一帯は約170~160万年前に活発に活動した火山です。このとき形成された巨大なカルデラには湖が存在したらしく、その証拠となる地層が爺ヶ岳山頂付近の登山道に露出しています。地質学で「シルト」とよばれる細粒な物質が湖底に何層も重なり、縞模様を描いた様子が見えています。ここで驚くべきことは、本来は湖底にほぼ水平に堆積した地層が、現在はほぼ垂直になって現れていることです。これは湖の形成後から今日に至るまでの、北アルプスの激しい隆起運動に伴う地層の横倒し変形によるものです。北アルプスの隆起とともに火山も湖も破壊され、姿を失ったものと思われます。

爺ヶ岳山頂付近にみられる湖沼堆積物(苅谷撮影)

古奥黒部湖

黒部川上廊下から水晶岳西麓の高天原に至る大東新道(富山県)は、もともとモリブデン鉱を搬出するために作られた仕事道です。大東新道の南側に通称A沢・B沢などと呼ばれる黒部川右岸の小支流があり、その谷奥の上部に雲ノ平を作る約20~10万年前の溶岩が絶壁となって現れています。この溶岩の下には、円く摩耗した礫からなる厚い砂利の層が露出しています。これは40万年前ころ、この付近に存在していた湖の地層です。水晶岳の北にあった火山から流出した溶岩による古黒部川の堰き止め湖と推定されます。溶岩流による堰き止め湖の地層の上に別の溶岩が流れ込んでおり、壮大な自然環境の変化が、かつてあったことが想像できます。この湖も黒部川の激しい侵食で姿を消してしまったと考えられます。

大東新道A沢奥にみられる湖沼堆積物(下)と雲ノ平溶岩(上)(苅谷撮影)

古四尾連湖

北アルプスに比べ地味な感じがしますが、富士山の北側を東西に走る御坂山地は展望もよく、ところどころにみられる落葉広葉樹の森の陽だまりハイクは楽しいものです。御坂山地の西端に、釣りやキャンプで人気がある四尾連湖(山梨県)という小さな湖があります。この湖の成因について、以前は火口湖や隕石クレーター湖などの仮説も出されていましたが、約4~5万年前に発生した地すべり移動土砂上のくぼ地に水が溜まったものが原形と判明しています。現在、四尾連湖は目玉のような1つの丸い水域だけですが、詳しい地質調査の結果、かつては同じような湖が周囲に少なくとも3つ存在したことが明らかになっています。そのうちの1つが残した地層には、約3万年前に鹿児島湾の巨大カルデラ(姶良カルデラ)から噴出した火山灰層が挟まれており、湖の形成時期を解明する鍵を与えています。ただし、これらの湖は侵食や埋め立てにより、形成から数万年以内に全て姿を消してしまいました。

長野県白馬村神城付近に残る湖沼堆積物にも姶良カルデラ由来の約3万年前の火山灰層が挟まれ、その厚さは7cmに及ぶ(苅谷撮影)

湖の寿命

3つの幻の湖を紹介しましたが、各地に類例が存在します(古大雪湖、古鬼首湖、古塩原湖、古阿蘇湖など)。これらは激しい火山活動や斜面崩壊に由来するものばかりで、日本列島の地学的特性による産物といえるでしょう。山の湖の寿命は、一般にはその水域の大きさや深さに比例すると考えられます。侵食の激しい日本列島の山々では、湖は周囲の斜面や河川の上流から流入する大量の土砂で埋め立てられてしまうことが普通で、埋め立て完了まで大きく深い湖ほど時間がかかり、小さく浅い湖ではこれが逆になるためです。ただし、堰き止め湖では堰き止めの原因(天然ダム)である斜面崩壊土砂や溶岩が侵食で失われたり決壊したりすれば、一気に干上がることもあります。

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