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『東京超低山』第11回最終回 見立ての山
2024.08.05
「山の日」に向けてはじまった連載もいよいよ大詰めになってきた。
これまで街中の山をいろいろと見てきたが、見方によってコツがいる山がある。たとえば愛宕山(港区)の場合どこから見ても独立峰になっているので「天然の山」とわかるが、同じ自然の山でも判然としない山がある。
よく見ると高台になった尾根の片方が急峻な斜面で、もう片方は緩かったり、ほぼ平坦だったりする。いわば見方によって成り立つ「見立ての山」というもの。こういった切り立った斜面を江戸の人たちは山にたとえた。現在、都内にある山の多くは、この「見立ての山」で成り立っていたのだ。
そんな「見立ての山」はステータスが高い大名屋敷にはじまり、元勲や華族、そして実業家たちの別天地として受け継がれた。高台からの眺めは申し分なく、富士山をはじめ筑波山、房総まで眺望できたという。現在でも庭園や公園として残されているのは喜びだ。
ここでは数多くある見立ての山から2座を選んでみた。
おしゃれな街並みの代官山。そのメインストリートの旧山手通りに西郷山(目黒区)がある。近くには各国の大使館やパリを思わすようなカフェがあってエキゾチックな雰囲気だ。
山の成り立ちを見ていくと、西郷山は武蔵野台地の東端にあたり、渋谷川と目黒川に挟まれた複雑な地形を見せている。青葉台、東山、南平台、鉢山、諏訪山など、高台の名からも見てとれる。この界隈はお屋敷と坂道の町でもあったのだ。
西郷山は目黒川の低地から見上げると崖線の尾根の南西側に切り立っている。まさに「見立ての山」の見本といっていいだろう。
ところでもう気付かれたかもしれないが、尾根道になる旧山手通りから入山すると、登ることもなく山頂に立ったことになる。登ってこそ山というもの。西郷山の急崖には落差20mの滝と3本の登山道がある。いったん下山して登りかえしてもいいけれど、新鮮な気持ちで楽しむなら目黒川の流れる低地からアプローチすると、ぐっと登山らしくなる。
標高36mの山頂からの眺望は素晴らしく、都内屈指の大パノラマを楽しませてくれる。古くから風光明媚な地として江戸時代には大名屋敷が、明治になると西郷隆盛の弟・從道が兄を迎えるためにこの山に別邸を建てると、いつしか人々から親しみを込めて西郷山と呼ばれるようになった。
おすすめは山頂からの夕日。広い空がだんだんと紅色に染まっていくさまは、じつに圧巻。ぜひ眺めておきたい。
尾根の末端や急斜面を山に見立てた江戸人はじつに洒落っ気にあれている。こうした「見立ての山」は、今もおとめ山(新宿区)や池田山(品川区)など、都内に数多くの名山を残している。
最後に素敵な名のついた見立ての山を紹介しよう。その名は「月の岬」(港区)。江戸時代、高台からの月の眺めのよいことから、歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれた名所だ。
最寄りの駅は山手線田町になる(地下鉄だと三田駅)。周りはオフィスビルが立ち並び、山のイメージが湧きにくい。ところが駅前を横切る第一京浜(旧東海道)に沿うように三田台の尾根がビルの裏に潜んでいたのだ。お目当ての月の岬はその尾根の高まりにあった。
登山口は御田八幡神社あたりになる。樹木の茂った高低差20mほどの、そそり立つ段丘に設えた木段を上がっていく。その段数は都心でも1、2を争う136段。街中で高低差を味わうには十分なスケールだ。
山上は亀塚公園になっていて、お昼時にはビジネスマンのオアシスになっている。江戸時代、この高台一帯は上野国沼田藩城主の下屋敷が建てられ、明治はじめには皇族華頂宮家の宮廷があったところでもある。
さて登山はまだ続く。上がりきった山上には嬉しいことに、さらに4mほどのお椀をかぶせたような亀山(亀塚)という築山が高みをみせていた。標高32mのこぢんまりとした山頂は気品のあるじつに好ましい雰囲気に満ちていた。おすすめの駅近名山です。
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