山の日レポート
通信員レポート「これでいいのか登山道」
【連載】これでいいのか登山道
2023.11.06
連載14回目です。今回は登山道法研究会・東京都山岳連盟自然保護委員会の岡田博行さんに「越前岳に見る洗掘の現状と登山者ができること」として、ご寄稿を頂きました。洗堀の状況と登山者の踏みつけによる植生破壊、そして私たち登山者にできることは何かを綴って頂きました。この記事をご覧頂いての、皆様の感想やご意なども、ぜひお寄せください。
文・写真 登山道法研究会・東京都山岳連盟自然保護委員会
日本山岳・スポーツクライング協会(JMSCA)自然保護委員会 岡田博行
富士山の南面の愛鷹連峰の越前岳(1504m)は、富士山の好展望台であることで人気がある。多くの登山者が訪れるがこの山、登山道は大変な状態になっている。すなわち登山口周辺では、丸太の階段だが、土壌が侵食され段差が大きく、とても苦労する。これを避けるように階段の両脇に登路が形成され無秩序に広がる(写真1)。さらに進むと登山道は深い溝状の道、洗掘状態となる。その洗掘の歩きにくい道を避けるように登山道が並行して2本、3本となり複線化する。道の幅は10m超の範囲に及ぶところもある。この洗掘状態は頂上まで続き、洗掘の深さは1~1.5m、人の背が隠れる深さにも及ぶ(写真2)。私が知る中ではワーストクラスの登山道である。
原因として観察されるのは、この山の土壌が火山灰地質であることで、地表に大きな石、岩が少ないと感じられた。そのため土壌が侵食されやすい。人為的な要素として、この越前岳は春、秋のほか冬も多数の登山者が訪れることから(地元の登山者の方の感想)、積雪がわずかであるところをアイゼンで歩行され、また霜で道が泥状になり、登山道が攪乱されるのではないかと考えた。真相はわからない。(踏査日:2022年3月21日)
この越前岳の現状について、JMSCA自然保護委員会の研修会で投げかけてみた。山梨岳連の委員からは、この登山道の洗堀による登路の拡大は、この山固有の植物アシタカツツジの生態に大きな影響を与えている懸念があり、その面でも対策を考えないといけない。また、京都岳連の委員からは、京都の雲母坂(きららざか)はもっと荒れている。ここは、比叡山への登山道で歴史的に絶え間なく利用されてきたこともあるが、地質も関係するのではないか。ここの地質は竜安寺の石庭などに使用された「白川砂」があり、花崗岩の風化した土質であるため洗堀しやすいと考えられる。一度比叡山への登山道を見たらどうですか、と感想が述べられた。
2023年3月、ちょうど京都一周トレイルに行く計画があったので、この助言に従い比叡山を登ることにした。コースは修学院から上がる雲母坂である。この古道は比叡山開山から使われていたとすると1200年の歴史ある道である。
現在の道はそのまま使われているようで、多くの人々が通った古道で、しっかりと踏み込まれていた。登山道はどこもえぐれるような凹状になっており、一部は3~5m位の深さの谷状が続き完全に地形が変わっていた。特に深い部分は通行止めになっていて、並行して新道ができていた。紹介された通りの洗堀が進むとこうなるということがわかった。
ただ、越前岳の場合とは違い、道が複数帯状に広がっているようなところはほとんど見られず道幅は広くても2~3mで、はっきりした一本道であった。
前記の登山道の荒廃、洗掘は自然現象ではない。これは、オーバーユースの結果である。オーバーユース問題は登山者が持ち込む負の現象であるが、ゴミ、し尿の問題は登山者の意識の向上や、山小屋、行政の取り組みにより整備が進み解消されつつある。踏み荒らしによる植生の破壊は、高山の草原、湿原などでは木道の整備が進み解消してきた。しかし、これも万全ではない。この踏みつけの問題について、原因とできることを改めて整理する。
【原因】
大きな自然の中で登山道の周辺が多少踏み荒らされても、山にとっては切り傷程度の許容されるささいことかもしれない。しかし、その症状は深刻になってきている。
人の踏みつけにより、植物は枯れ裸地化し歩道ができあがると、そこは水道となり、しだいに侵食で表土が流され、溝のように深く掘れていく(図1)。このようになると、ぬかるみやすく、石も露出して歩きににくくなり、これを避けようと、こんどは横の草付きを歩くような踏み跡が現れ、道幅は複線状に広がっていく。
登山者のぬかるみは歩きにくい、靴が汚れるという心理から道をはずれ、踏み跡が拡大し破壊が広がっていくのである。
しかも、その草付きにきれいな花が咲いていれば躊躇するのに、花が咲いていなければ、ただの「草」とばかりにおかまいなし。登山者の何気ない一歩が自然を破壊していくのである。
尾瀬のアヤメ平など、登山者の踏圧により高層湿原の植生が破壊され、裸地化が進行したのが典型である。ただ、これら高山の草原、湿原では木道の設置や植生復元工事により、以前の植生が回復しつつある。
一方、この荒廃は前記、越前岳や京都の雲母坂の例を見るように低山の樹林帯にも進む。低山の樹林帯では自然の回復力が強いが、通過する人が多ければ同じ現象が起きる。登山者は歩きにくい道を外れ新しい踏み跡をつくっていくわけである。落ち葉が作る土壌の成長は1年で0.1mmにも及ばないという。樹林帯の土壌も膨大な時間がかかってできている。踏みつけによるインパクトを極力小さくするようにしたい。
高尾山の写真の登山者はわざわざ柵を乗り越え登山道わきの踏み跡をたどる。道が荒れたり、植物が踏みつけられたりする影響を考えたりもしない。いや、想像できないのだろう。ぬかるみは歩きにくい、靴が汚れることだけが心配事なのだ。
登山道を広げないように歩く。破壊される部分を広げない。
その考え方(原理)と自然保護の思想を広めていくことが、まずは大切なのかと考えます。
登山道法研究会では、この度、『めざそうみんなの「山の道」-私たちにできることは何か-』という報告書を刊行しました。頒布をご希望の方はこちらをご覧ください。
【連載】これでいいのか登山道 (yamanohi.net)
報告書の頒布は、以下のグーグルフォームからも簡単にお申込み頂けます。
報告書申し込みフォーム
先に刊行致しました「第1集報告書」は在庫がございませんが、ほぼ同内容のものが、山と渓谷社「ヤマケイ新書」として刊行されています。
ヤマケイ新書 これでいいのか登山道 現状と課題 | 山と溪谷社 (yamakei.co.jp)
また、このコーナーでも、全国各地で登山道整備に汗を流している方々のご寄稿なども掲載できればと思います。
この記事をご覧の皆さまで、登山道の課題に関心をお持ちの方々のご意見や投稿も募集しますので、ぜひご意見、ご感想をお寄せください。
送り先=gama331202@gmail.com 登山道法研究会広報担当、久保田まで
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