山の日レポート
通信員レポート「これでいいのか登山道」
【連載】これでいいのか登山道
2023.10.11
連載13回目です。今回も登山道法研究会副代表の森孝順さんに「弾丸登山から見える富士山の特異性」として、2回目の寄稿を頂きました。この夏も話題になった富士山の現状や課題がよく見えて来ます。この記事をご覧頂いての、皆様の感想やご意見なども、ぜひお寄せください。
文・写真提供 森 孝順(登山道法研究会副代表)
富士スバルラインの終点付近の五合目の標高が約2,300m、頂上の神社が約3,700m、標高差が約1,400m。この間に、15軒の山小屋と2箇所の救護所があり、宿泊、休憩、水の補給、トイレの提供と体調不良者の救護活動が行われています。山小屋の便宜提供と救護施設のボランティア活動に大きく依存した登山が行われています。
登山者にとっては、平均して高度差100m前後に、いざという時に避難できる山小屋がつねに身近に存在する安心感があります。これだけ密度が高く、山小屋の連続する山は富士山だけです。
また、各山小屋には、荷揚げ用の運搬車が出入りすることから、命に関わる緊急時には、その運搬路を下山に利用することもできます。
今年、弾丸登山が注目された背景には、コロナ禍を経て山小屋の事前予約制の導入と、それに伴う収容力の縮小により、弾丸登山者が増加するとの危惧があったと思います。
【山小屋トイレの改善と使用料が当たり前に】
かつて、臭い、汚い、暗い(3K)の批判を受けた山小屋のトイレも、環境省の補助事業が呼び水となり、環境配慮型トイレ(非放流式)が導入され、すべての山小屋トイレの改善が進みました。
外国人や女性にも気持ちよく、快適に利用できるようになり、使用料が当たり前になりました。他方で、荒天時の避難や疲労回復のために、トイレブースを長時間にわたり占拠する人が現れて、山小屋が対応に困る状況も出てきました。
真夏でも山頂の気温は零度近くにまで下がり、落石の危険性、高山病のリスクも高い富士山。登るだけで精一杯で、トラブルに機敏に対応する余裕のない人が多い傾向があります。アクセスが良く設備が整った便利な山として多くの人々に親しまれていますが、安易な登山が許される山ではありません。今年7、8月の全国の遭難者数は809人、そのうち富士山が69人でトップとなっています。
富士山は大沢崩れに代表されるように、侵食、崩壊が年々進行している山です。1980年8月14日の午後、吉田大沢砂走り下山道(現在立入禁止)で、山頂からの落石により死者12人(うち子供4人)、負傷者31人の大惨事が発生しています。
山梨県側の富士スバルラインは、自然破壊の厳しい批判を招きながら、1964年の東京オリンピック開催に間に合わせて開通。その後、静岡県側の表富士周遊道路の開通、さらに山麓の高速道路網の整備は、頂上に至るまで何泊も必要とした、難行苦行の富士登山の概念を根底から変えてしまい、著しく登山の大衆化を促進しました。
現在、都心から高速バスに乗り、五合目に到着して、誰でも直ぐに山頂を目指すことができるようになりました。アクセスが便利になるにつれて、オーバーユースが一段と過熱ぎみになります。富士山への誘客を競い、適正な収容力を超えた利用が継続しています。
富士山は、日本における最大の観光資源であり、静岡県と山梨県にまたがる地方自治体、土地所有者、観光業者など様々な利害関係者が存在します。
静岡県側は林野庁の管理する国有林、山梨県側は恩賜県有林、山頂付近は富士山本宮浅間大社の境内地となっています。登山道は道路法により県道として、両県により維持管理されています。4箇所の登山口は、富士吉田市、富士宮市、御殿場市、小山町の各自治体が関与し、遭難事故の発生のたびに、管轄する警察や消防組織が出動します。
国立公園は環境省、世界文化遺産は文部科学省、観光振興は国土交通省、山麓の自衛隊の演習場は防衛省が所管しています。登山者を受け入れる山小屋団体、五合目の売店、富士スバルラインなどの交通機関、登山ガイドや旅行会社など、多様な関係者により、富士山の登山が維持されています。
富士山は誰がリーダーシップをとって管理しているのか、実態はみんなで管理する方式の「富士山における適正利用推進協議会」を設立して、意見交換を行い、役割分担をしています。構成員は42の行政機関と関係団体におよび、富士山管理の複雑性が現れています。
利便性を追求し、富士山は簡単に登れるようになりましたが、危険であることは江戸時代の富士講登山の頃と少しも変わっていません。自然環境の保全、快適な利用環境の保持及び登山者の安全確保の観点から、弾丸登山などの入山規制の導入を含めて、富士山の望ましい登山のあり方を定め、実行する必要があります。
富士山は約300年間沈黙をしていますが、いつまた噴火を開始するか分からない、常時監視下にある日本最大の活火山です。富士山は荒ぶる山、畏れ敬う信仰の山です。
世界文化遺産に登録されて10年、現状は改善するどころか、しだいに悪化する傾向にあります。従来からのオーバーユースに加え、最近の外国人の増加によるオーバーツーリズム(観光公害)が話題になる現在、法令に基づく環境保全と利用規制について、両県は対応を迫られています。
登山道法研究会では、この度、『めざそうみんなの「山の道」-私たちにできることは何か-』という報告書を刊行しました。頒布をご希望の方はこちらをご覧ください。
【連載】これでいいのか登山道 『めざそうみんなの「山の道」-私たちにできることは何か-』
また、このコーナーでも、全国各地で登山道整備に汗を流している方々のご寄稿なども掲載できればと思います。
この記事をご覧の皆さまで、登山道の課題に関心をお持ちの方々のご意見や投稿も募集しますので、ぜひご意見、ご感想をお寄せください。
送り先=gama331202@gmail.com 登山道法研究会広報担当、久保田まで
RELATED
関連記事など