山の日レポート
良くわかる今どきの山の科学
【連載:山の科学5】山の高さと植生の垂直分布
2022.02.01
良くわかる今どきの山の科学について、信州大学鈴木先生の「雪氷」から、国士舘大学佐々木先生の「山岳植生」へとバトンリレーして、「山の高さと植生の垂直分布」について綴っていただきました。
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山頂から山の雄大な景観を見渡して、つらかった登りの疲れが吹き飛んだ、ということは山に登る人なら誰もが経験していることだと思います。
また、山に登る動機はいろいろあると思いますが、そのひとつに景観を楽しむことをあげる登山者も多いようです。
極論すれば、山の自然景観に触れることのない登山はありえないとさえいえるでしょう。
山の自然景観は、地形や地質などの岩石圏での現象、植生などの生物圏での現象、そして積雪や池沼などの大気圏での現象といった、地球の表面でみられる自然現象の各要素の組み合わせによって成立しています。
ここでは山の自然景観のうち、山の植生景観を中心に何回かに分けて紹介していきます。
山に登るルートは様々です。
谷を遡上して山頂に至る、岩壁を登攀して山頂に至る、登山口から整備された登山道を辿る、どれも低いところから高いところに向かって登るわけですが、どの場合でも、登山開始から山頂までのあいだで植物の様相が変化していくことに気づくはずです。
標高が100 m上昇するごとに気温はおおむね0.65 ℃低下しますから、標高に応じて変化する気温に対し、植物は自らの生育に適した温度環境の標高帯に分布しているのです。
植物が垂直方向に帯をなすように分布することから、この景観を「植生の垂直分布」と呼んでいます。植生の垂直分布をおおまかにとらえると、標高の低い方から「低山帯」、「山地帯」、「亜高山帯」、「高山帯」となります(図1)。
各植生帯を構成する植物は多様ですが、代表する植物は「樹木」です。
たとえば中部山岳では、山地帯に優占するのはブナやミズナラなどの落葉広葉樹で、亜高山帯に優占するのはオオシラビソ、シラビソ、コメツガなどの針葉樹です。
北アルプス南部や南アルプスなどでは、登山口が山地帯にあって、登り始めはブナ・ミズナラからなる林内が明るい山地帯を登ります。その後オオシラビソ・シラビソからなる林内が暗い亜高山帯を登り、背の高い樹木が急に無くなって高山帯に至ります。
亜高山帯と高山帯の境界は「森林限界」とよばれる高木の生長限界となっており、視界が突然開けたと感じられることでしょう。
写真1は上高地・横尾から蝶ヶ岳に登り、針葉樹の林を抜けて稜線に出たところで撮影したものです。
手前に写るのがハイマツ群落です。樹形が匍匐形をとるため背丈はせいぜい1.5 mほどです。その奥に見えるのが針葉樹のオオシラビソです。このあたりのオオシラビソの樹高は5 mほどはありますから、本当に、林が突然無くなる、という印象です。
なお、平地では南北方向に120 kmほど移動すれば気温が1 ℃変化します。
つまり、気温で規制される植生の分布は垂直方向と同様に水平方向でも帯状に見られるということになります。
それは、ある植物が見られる植生帯の標高は、北に行くほど低くなるということでもあります。
たとえば、中部山岳では標高2500 m付近に森林限界が現れ、それ以高は高山帯になりますが、北海道の大雪山では標高1500 mに森林限界が現れ、それ以高が広く高山帯になっています(図1)。
また、鳥海山や月山、朝日・飯豊山地、越後・三国山地など、東北日本の日本海側の山地では、ブナ・ミズナラが優占する山地帯を抜けると、そこが森林限界になっていて、それ以高には草原や灌木からなる植生景観が広がります。
つまり、亜高山帯が見られないということです。
このように、温度環境からみれば針葉樹が優占する亜高山帯の植生景観になるべき標高帯であるにもかかわらず、針葉樹林を欠く植生景観を「偽(ぎ)高山帯」といいます(図1)。
針葉樹林が分布できていないために、その領域が草原や灌木になっているのです(写真2)。
しかも鳥海山や月山では山地帯の上限(ここでの森林限界)が中部山岳よりも低く標高1200 mほどになるので、山頂までの登山の大部分を視界の開けた登山道を登ることになるのです。
植生の垂直分布は基本的に温度が決めているわけですが、何か他の理由もありそうです。
その話は次回以降に述べたいと思います。
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