山の日レポート
通信員レポート
中央アルプスでライチョウ復活作戦(下)
2022.06.04
山岳ジャーナリストとして活躍する近藤幸夫さんからの、ライチョウ「繁殖個体群復活作戦」に関する最終レポートです。
2021年、環境省は、いよいよ中央アルプスで半世紀ぶりの自然繁殖に挑みました。2019年、2020年は、北アルプス方面から飛来したメスに乗鞍岳や動物園から移送した有精卵を抱卵させて孵化させましたが、中央アルプスでオスとメスによる自然繁殖は半世紀ぶりとなります。前年、乗鞍岳からヘリコプターで移送したライチョウたちは無事に越冬し、繁殖活動に入りました。
2021年7月6日、環境省は、「半世紀ぶりに自然繁殖によるライチョウのヒナが孵化した」と発表しました。この時、三つの巣で計20羽のヒナが誕生。うれしい知らせとして、復活作戦のきっかけとなったメスが7羽のヒナを孵化させ、関係者を喜ばせました。孵化したヒナたちと母鳥は、木枠と金網で作った保護ケージに収容され、ヒナが自力で体温調節ができ、飛べるようになるまで約1ヶ月、人の手で守り育てられました。
ケージ保護では、ライチョウ5家族が保護されてヒナたちが無事に成長しました。今回の挑戦では、動物園が繁殖に協力することになりました。長野市茶臼山動物園と那須どうぶつ王国(栃木県)にそれぞれ1家族ずつをヘリコプターで移送。動物園で繁殖させ、翌年、中央アルプスに野生復帰させるのです。8月3日、2家族は二つの動物園に運ばれ、現在、繁殖に向けた取り組みが進んでいます。
環境省は、2015年から上野動物園や大町山岳博物館(長野県大町市)などの飼育施設で、ライチョウの人工飼育に取り組む「生息域外保全」の事業をスタートさせました。動物園で人工飼育することは、野生のライチョウが絶滅したり、激減したりした場合の「保険集団」を確保する意味があります。また、人工飼育で増やした個体を野生復帰させることにも取り組むことができます。
今回、わざわざ中央アルプスから2家族を運んだのは、現在、動物園で人工飼育しているライチョウを野生に戻すことができないからです。それは、腸内細菌と寄生虫の問題があるからです。現在、各施設で人工飼育しているライチョウは、乗鞍岳から運んだ卵を人工孵化させた個体が由来です。ライチョウは、孵化後の約10日間ほど母鳥が出す盲腸糞を食べます。糞を食べることでヒナたちは、糞の中に含まれる腸内細菌と寄生虫を受け継ぐのです。ライチョウの主食は、コケモモなどの高山植物ですが、毒素を含んでおり、腸内細菌を受け継いでない個体は餌を消化ができないのです。また寄生虫に対する免疫がないと、野生では生きていけません。有精卵を人工孵化させたライチョウは、腸内細菌も寄生虫も母鳥から受け継いでいないのです。
こうした理由から、中央アルプスから家族ごと動物園に運び、野生復帰ができるヒナを繁殖させることになったのです。ライチョウは孵化した翌年から繁殖できます。このため、現在、近親交配を避けるため、二つの動物園のオスを交換してつがいを作り、繁殖に挑んでいます。ヒナは6月下旬から7月上旬に孵化するとみられます。動物園で育てたヒナたちを8月には中央アルプスに移送して放鳥します。動物園生まれのライチョウが、野生復帰に成功すれば、復活作戦は成功となります。
現在、復活作戦の現場で指揮を執る中村浩志・信州大名誉教授が代表理事を務める「中村浩志国際鳥類研究所」がクラウドファンディングで、ライチョウ保護のための資金を募っています。ライチョウのケージ保護をはじめ、生息調査などは費用が予想以上にかかるからです。ライチョウに興味のある方は、ぜひ協力をお願いします。クラウドファンディングの詳細は、cf信州のHP(https://cf-shinshu.jp/project/detail/944)で確認してください。
近藤 幸夫(こんどう・ゆきお)
1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後86年、朝日新聞に入社。初任地の富山支局で山岳取材をスタートし、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。2022年1月、退社してフリーランスに。長野市在住。日本山岳会、日本ヒマラヤ協会に所属。
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