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山の日レポート

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通信員レポート

【連載】地図(地形図)についての雑記帳 その8 ~ネパール編(3)~

2022.05.01

全国山の日協議会

~ロールワリン谷での調査~

 1973年、カトマンズ北東「ガウリシャンカール山麓のロールワリン谷」の小さなシェルパ族の村での移牧と集落について調査した折の話です。

チャリコット村からのガウリシャンカール(左端のピーク)

1)シェルパの村があるロールワリン谷

 カトマンズからも東北に望見できるガウリシャンカール山麓のロールワリン谷に入ったのは、1973年1月の半ばである。このとき私は大学院を休学して、名古屋鉄道が建設を計画していた博物館リトルワールドの資料収集のためにネパールに来ていたのだが、個人的にはシェルパの村に1年ほど滞在して調査をするつもりだった。

 シェルパとは、本来はネパール東北部の高地に住むチベット系民族の名称だが、一般にはヒマラヤ登山の高所ポーターとしての活躍で知られている。その居住地の中心であるクンブ地方には、1970年にチョモランマ(エヴェレスト)登山のために訪れており、そのクンブを主な調査地とするつもりだったが、そこはすでに多くの登山隊やトレッカーが訪れるようになっていて、社会や経済の変化も進んでいる。クンブで本格的な調査を始めるまえに、観光地化が進んでおらず、また村人も高所ポーターなどの賃労働にはほとんど従事していない、小規模なシェルパの村があるロールワリンを訪ねることにしたのだ。

ロールワリンの中心ベディン村とガウリシャンカール南面

2)調査のテーマは

 ロールワリンについても、「ネパールヒマラヤ調査」の地図は発行されていたので、ダス・フォト・スタジオで入手した。ロールワリンは、地図によれば東、北、南の三方を標高6000メートルから7000メートルクラスの稜線に囲まれた谷で、集落は東から西に流れる谷沿いの、標高3500メートルから5000メートルにかけて分布している。

 気になったのは、そこに記載されている集落の数がやたらと多いことだ。ガイドとして同行するペンバ・ギャルツェンに聞いたところでは、戸数はせいぜい40か50とのことだが、地図には耕地を伴う集落が少なくとも9つあり、他にも標高5000メートル近い高地にかけて、夏の放牧地と思われる集落がかなりの数、分布している。私が調べたいと思っていたテーマの一つが、移牧と呼ばれる、家畜を夏には高地、冬には低地に移動させて行う山地特有の牧畜の実態で、それを理解するうえで鍵になるのが、標高の異なる地点に散在する集落のあり方である。

手元に「ネパールヒマラヤ調査」のロールワリンの地図が見当たらない。 ここに示すのは1990年代以降、ネパール政府がフィンランドの協力で、 統一した基準で発行した5万分の1の地形図のロールワリンを含むもの。 植生の記述が詳しい。

3)調査開始

 カトマンズからバスで約5時間、そこから10日間のキャラバンでロールワリンの村に着いたのは1月下旬、村に入ってまず行ったことは挨拶周りを兼ねてすべての世帯を回り、家族構成とともに、どこに家と耕地、放牧小屋を持っているか、そしてヤク(チベット系のウシの一種)、ウシ、ヤクとウシの一代雑種であるゾー、ヒツジやヤギなどを何頭飼っているか、を確認することだった。

ナク(ヤクの雌)の乳しぼり

ロールワリンの氷河湖ウォミ・ツォ(シェルパ語で「乳の湖」の意」

 その時期、つまり冬の間、村人は地図のなかでは最も低地(といっても標高は3500メートル以上ある)の集落で暮らしていたが、春になれば家畜を伴って高地の集落へ移動するという。少し落ち着いてからは、村人の一人をガイドに加え、地図を頼りにそれらのまだ無人の集落を回って、そこでの暮らしぶりなどを聞き取った。その結果、それぞれの世帯は3から4か所にジャガイモを栽培する耕地つきの家を持つほかに、世帯の誰かが晩春から秋の初めまで、カルカと呼ぶより高地の小屋数か所を、家畜とともに移動しながら生活するということがわかってきた。地図はさすがに正確で、集落の位置と名称、耕地の有無などもきちんと記されているが、人々がそこをいつ、どのように利用しているかまでは、当然のことながらわからない。

ロールワリン谷 高地集落 ナー でのジャガイモ収穫

4)調査結果

 当時のロールワリンでは、英語はもちろん、ネパール語を話す人もほとんどいなかったから、カトマンズで友人に習ってきた片言のシェルパ語(チベット系の言語で、言語学者によってはチベット語の方言とすることもあるらしい)で聞き取りをしたのだが、もともとヒマラヤ越えの交易民として、チベットとインドのあいだのさまざまの民族・言語圏を渡り歩いてきた村人の勘の良さにも助けられて、調査はそれなりに順調に進んだ。その結果をまとめたものが、添付した表と図である。
「ロールワリンに滞在したのは3月末までの2か月程と短期間だったが、知りたかったことについてのデータがそれなりに収集できたのは、村人たちの協力と共に、「ネパール・ヒマラヤ調査」ロールワリンの地図のおかげだった。

ロールワリンの集落

ロールワリンの集落の位置

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