山の日レポート
良くわかる今どきの山の科学
【連載:山の科学2】山に積もる雪は天然の白いダム
2021.09.01
春先の南岸低気圧の通過時には、東京や大阪などでも雪が降ります。普段は雪が降らない地域では、数cm積もっただけで自動車のスリップ事故や電車の遅延などが起こり大変なことになります。しかし、東京や大阪などで積もった雪は数時間後には融けてしまいます。一方で、北海道の山間部では10月後半から5月半ば頃までの7ヶ月もの長期にわたり積雪が観測されます。いわゆる根雪が半年も続くのです。気象庁の観測で最も長い根雪期間を記録しているのは富士山です。現在は、富士山では降積雪の観測は行われていませんが、公表されている平年値(30年に満たないので参考値)では、9月22日から翌年の7月23日まで積雪が継続して観測されています。実に10ヶ月間です。1988-89年冬期の富士山での気象庁による積雪深の観測記録を図1に示します。9月30日に積雪が観測され、初冬のうちは消雪してしまう期間もありますが、1月に入ると順調に増えていき4月26日に当期の最大積雪深である338 cmを記録します。その後、6月初めから急激に融雪が進み、7月24日に消雪しています。山では風が強いので、降った雪がそのまま積もるわけではありません。風衝となる凸地では雪が積もっても風で吹き飛ばされますし、逆に凹地では吹きだまります。西穂高岳稜線の西穂山荘近くで、私たちが観測した積雪深観測の例を図2に示します。これは山荘の南西側の比較的平坦で開けた場所での観測なので、2018年3月24日に当期の最大積雪深596 cmを記録しましたが、消雪が富士山よりも1ヶ月早くなっています。
地上に積もった雪は短時間で融解してしまうこともありますが、山岳地域ではたくさん雪が降りますし気温が低いこともあり、長い期間にわたって積雪として溜まることになります。中部山岳地域の3000 m級の稜線を源とする流域では、11月頃から積雪が始まり5月頃に融雪の最盛期を迎えて、7月ないしは8月頃まで融雪出水が続くことになります。これだけの長い期間にわたり、水を固体の状態で地上に滞留してくれるのですから、山に積もっている雪はまさに「天然の白いダム」です。わが国での田植えが、まだ気温が低い梅雨前に行われるようになった背景には、水稲の品種改良とともに稲作地域の多くが雪国であることも関わっているようです。梅雨に入る前は降水量が少ないのですが、山からの豊富な雪融け水が田植えに必要な用水を支えているのです。槍ヶ岳から北流する高瀬川の月流出高と大町における月降水量を図3に示します。5月から7月の3ヶ月間は、降水量よりも流出高が圧倒的に多くなっています。両者の差し引き分が、燕岳、槍ヶ岳、三俣蓮華岳、野口五郎岳、烏帽子岳などに囲まれた上流域に堆積した雪が融けて流れてきた量に相当します。
山に登る皆さんはご存じでしょうが、各地の大雪渓と呼ばれる所では、年によっては秋になっても雪が残り、その上に新しい雪が積もり、いわゆる越年性の雪渓となることもあります。北アルプスにもたくさんの雪渓があります。河童橋から穂高連峰を望むと岳沢の雪渓があり、清流、木々の緑、雪の白、そして険しい岩稜のコントラストが映えます。涸沢にたどり着くとカール内にはいつまでも雪渓が残っています。汗を流しながら槍ヶ岳を目指しても槍沢には雪渓が涼しげに迎えてくれます。私たちが、上高地梓川流域の最大積雪時の積雪深分布を航空レーザー測量で調べたところ、岳沢での最大積雪深は34 m、涸沢で24 m、槍沢で27 mでした。流域全体での最大積雪深は、下又白谷での43 mでした。春先に、これだけたくさんの雪が積もっているのですから、秋口まで残るはずです。3月中旬にヘリコプターから涸沢を撮影した写真を示します。急崖には雪はなく、カール底には多くの雪崩のデブリが見えます。槍穂高連峰の稜線は南北に走っていますから、涸沢は冬の北西の季節風に対して風下になります。そのため、吹溜りによって斜面に堆積した雪が頻繁に雪崩れてカール底に堆積するのです。次回は、吹溜りと雪崩によって涵養される北アルプスの氷河について綴ります。
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