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山の日レポート

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通信員レポート

ミスター富士山手記【運命の生涯登山】 6高年時代 ②(富士山のイチローになる)

2026.03.27

全国山の日協議会

富士山に年間200回以上登ろう

文・写真提供 實川欣伸さん

45歳から64歳(2007年)までで355回の登頂。2008年5月、定年退職後パート勤務していた仕事がリーマンシヨックで暇になり退職、富士山に年間250回登ると決めた。当時、沼津の自宅から富士山まで片道60kmのガソリン代がリッター約200円程かかり、年金暮らしでは生活が出来なくなるので、行った日に2回登り、5合目で車中泊して翌日も2回登って帰宅すれば、一泊2日で4登頂することができる。仕事で縛られることが無くなり思いっきり登れるぞと、無我夢中で1日2登頂75日間連続登頂を達成。76日目に台風接近で途切れてしまったが、その後も連続ではないものの、2登頂の合計109日間(218登頂)、1登頂は30日間で、TOTALは目標には2登及ばなかったが、年間248登頂することができた。

シーズンオフ、テレビで当時大リーグマリナーズのイチロー選手が、年間200安打以上を8年連続で達成した!と報道されていた。それを見て、「よし!富士山に年間200回以上登ろう」と決め、翌2009年には年間203登頂(内1日2登70回)、2010年205登頂(内1日2登72回)、2011年201登頂(内1日2登70回)。2012年205登頂(内1日2登頂65回)、2013年202登頂(内1日2登頂44回)。ここまで、2008年から2013年の6年連続で年間200登頂以上を達成した。

年間200登頂・1年目の最終日248登目(2008.11.20累計603登頂)

今顧みると、よくもこれだけできたなぁと思う。
2008年の連続75日間のうち、1週間一緒に2登頂を付き合ってくれた10歳年下の男性が「實川さん、1日2登頂は1週間が限界です」と私に言った。勿論、私も必死だったが、この年の事は良く覚えている。

8月7日、皇太子(現天皇陛下)が富士登山をされ、私が1登頂目を下山し、5合目の登山口でカメラを置き記録の写真を写そうとした時、目の前に殿下が現れた。隊列を従えておられたが、私は咄嗟に「殿下、私富士山452回目です」と申し上げると「452回ですか!?」とお答えになられた。更に「3年前に“たわし髭”の大蔵喜福さんとマッキンリーに登りました!」と申し上げると「大蔵さんは良く存じあげております」と返してくださった。そこで話が途切れたので歩き始められたが、その際、殿下の雨具を着られた登山姿を写させて頂いた。

年間200登頂・2年目の最終日203登目(2009.11.24累計806登頂)

その何日後には、1日中雷雨の日が有り、富士宮口側に108回の落雷があった。そして6合目上のお中道広場に足止めされた20人程の登山者の中の男性の帽子に落雷があり即死。その男性を富士登山常連の仲間が背負って降ろした。そばにいた女性も雷撃を受け自力で降りたものの、翌日病院で亡くなった。
真夏の8月9日には3㎝積雪がありその中を2登頂したこともあった。昔から富士山は「一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」と言われ、一生に一度登るのが殆どの人で、多くの人は天気の良い日に登るので、年間200回以上、1日2登頂等は想像しがたいものだろう。

年間200登頂挑戦中・累計1000回登頂達成!!(2010.10.10)

一般的に単独登山は危険と言われ最後の登山者にならないことが安全登山だが、1日2登頂をしていると2登目の下山時は最後の登山者になる。
登山装備も、梅雨時の雨具などは雨の降り方によっては1日に2着は必要で常時4着から5着は必要だ。登山靴も私は10足位常時車の中に置いてある。当然、靴下や衣類、帽子類も数日分用意していないと連続登山は困難だ。

年間200登頂・3年目の最終日205登目(2010.11.21累計1011登頂)

体力、精神力の維持も大変だ。車中泊では満足な睡眠がとれない。規制される前の5合目は一晩中登山者が騒いでいて熟睡できず。1泊2日の登山中は精神力が勝り(アドレナリンが出ているのでは)疲労は感じないが、車に乗り自宅に着く頃には疲労困憊。
風呂に入り自宅から30分程歩いてキタムラカメラ店に記録の写真を焼きに行くのが日課なのだが、カメラ屋までは前屈みで廃人のように一歩一歩やっとのことで辿り着き写真を焼き、近くの居酒屋で一杯やるとシャンとして帰れる。不思議だ。

年間200登頂・4年目の最終日201登目(2011.12.29累計1212登頂)

翌朝は疲労が残る中やっと起きて、車で富士山に向かう。須山の富士サファリを過ぎ林道に入るや、車の窓を開け“ナポレオンヒルの成功哲学”を大声で叫びながら運転したものである。

富士山5合目に着くと、アドレナリンが出るのか疲れを感じず登山モードに切り替わり、1泊2日の4登頂を繰り返し継続できた。

年間200登頂・5年目の最終日205登目(2012.11.16累計1417登頂)

しかし、連続登山最後の頃は、3000m前後になるとロウソクの火が消えるように意識が無くなるような症状になり、ヤバイと思い深呼吸を10回前後繰り返し正常に戻ったという経験をした。それは1回だけだったが、2年後には丹沢の1500mの山で息の止まる症状が何回も出るようになり、何軒かの心臓専門医に診察を受けるが異常なしと言われた。
シーズン中、過酷な登山をした影響で身体が動かずにいられないのか?、寝る時間になると脳が「歩け」と指示を出す。仕方なく深夜の街を30分程歩くと寝れるが、また朝4時頃になると「歩け」と言う。暗く寒いので夜が明けてから歩くのだが、翌年のシーズンオフにも「歩け」と言ってきた。

年間200登頂・6年連続達成記念登山(2013.11.16.累計1618登頂)

200登頂を始めて3年目に、電気通信大学と静岡大学の共同研究で、富士山登山に関する研究として、私の登山中の体力測定をする事になった。
その結果「8000m峰14座を無酸素で登頂したラインホルトメスナ―に匹敵する」と結論付けて頂いた。

“富士山のイチローになろう!”と過酷な200登頂を続けた結果が報われた瞬間であった。

電気通信大学・静岡大学共同研究の体力測定

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