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山の日レポート

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通信員レポート「これでいいのか登山道」

【連載37】これでいいのか登山道

2025.11.01

全国山の日協議会

よりよい山の道をめざして、私たちにできることは何だろうか?

 連載37回目は登山道法研究会副代表の森孝順さんに、「登山道は川である。近自然工法の発想に学ぶ」として記していただきました。
 最近は各地で話題になり、実際に目にすることも多くなった近自然工法という発想について、とても勉強になるご寄稿です。
 また、皆様が「山の道」について思うこと、考えることなどを、ぜひ、ご寄稿くださいましたら幸いです(ご寄稿先メールアドレスは文末にあります)。

「登山道は川である」、近自然工法の発想に学ぶ(1)

森 孝順(登山道法研究会副代表)



 日高山脈の幌尻岳への登山のように、最初は沢を詰めて途中で稜線に至り、山頂に向かうという沢歩きの登山形態が、日本では昔から採用されていました。いわば渓流そのものが、登山道の一部として見なされていたのです。
 登山の魅力のひとつは、至るところで出あう渓流の景観美にあります。千変万化の渓流を渡渉していると、しばしば深みにはまり立ち往生することがあります。深山幽谷を安全に楽しむための渓流歩きは、流水の動きと河床の状態を想像することから始まります。

東北地方のブナ林に囲まれた明るい渓流歩き

近自然工法の発祥地はどこか

 河川の水の流れを研究して、「登山道は川である」との閃きから生まれたのが近自然工法です。河川工学の専門家である故福留脩文氏(西日本科学技術研究所)が、スイスで生まれた近自然河川工法を日本に伝え、その技術を登山道の施工に応用したことから近自然工法が始まりました。1995年頃、屋久島で近自然河川工法の講演を行った時、会場にいた方が「これは登山道に使える」と判断され、雨の多い屋久島の荒廃した登山道での試験施工が行われました。
(屋久島で実施された石材を利用した近自然登山道の基本概念)
 一、現場に使う材料は外から持ち込まず、その約15メートル以内で調達する
 一、野石石組みの構造は、自然界の構造から学ぶ
 一、現場での各種作業は、道具をはじめ工法まで基本的に伝統技術を用いる
 一、必要以上の人工的、造形的な作業を慎む
 一、現場にある石や樹木にはできる限り傷をつけない
 一、それらの造成から維持管理までの技術を、後世に向け地元に残す

屋久島、転石利用の植生保護に配慮した登山道 (写真提供:岡田博行)

登山道の侵食はなぜ起きるのか

 最初に登山者による踏圧により、植生が破壊されて裸地化が進行します。そこに雨水や雪解け水が集中して、路床の縦方向のV字侵食が始まります。また、歩道の法面では凍結融解(霜柱)の繰り返しにより、表土の崩壊と移動が発生します。特に火山成因の土壌は、地質が脆弱で侵食が進行しやすくなっています。
 洗堀でガリー状となった登山道は歩きにくくなります。そのため登山道の複線化が進行して、植生の破壊が横方向に拡大するW字侵食の悪循環に陥ります。さらに登山道の適切な水抜きや側溝などの日常的な維持管理不足により、侵食が加速されることになります。

愛鷹連峰の越前岳、火山成因の地質でV字 侵食を受ける登山道 (写真提供:岡田博行)

現地の状況に対応できない公共事業

 一般に、都会の車道や歩道と同じように規格通りに公共事業で施工される登山道は、現地の状況にそぐわない画一的な整備になりがちです。自然界に存在しない直線、平行、等間隔の急斜面の階段工は、むしろ流水の侵食力をまともに受けて蹴上が高くなり、登山者は側道を歩くことになります。
 現地に精通した山小屋関係者や山岳団体などの協力を得て、自然環境の厳しい現地の状況に応じた柔軟な工法を採用することにより、自然への影響が少ない歩きやすい登山道の整備が可能となります。

蹴上の高くなった階段工を避けて、側道を歩く登山者

侵食に耐える石材利用の登山道

 降雨量の多い日本の山では、路面が水により侵食され、山道は直ぐに荒廃して利用できなくなります。自然の地形に逆らうことなく大きな沢筋を避けて、野面石を使用した箱根旧街道や足柄古道の石積は、侵食に強く現在でも利用されています。
 利用者が多く石材の調達が容易な登山道では、効果的な侵食防止対策となります。尾瀬の沼山峠では、路床に石材を詰めた型枠工を設置しています。北アルプス南部の岳沢では、現地の大小の転石を巧みに利用して、歩きやすい登山道となっています。

尾瀬沼山峠の石材利用の登山道(左)、岳沢の転石利用の登山道(右)

近自然工法の普及活動

 故福留脩文氏により、最初に屋久島の登山道で試験施工された近自然工法は、その後、環境省の要請を受けて、大雪山国立公園の愛山渓、秩父多摩甲斐国立公園の瑞牆山などでモデル事業が行われました。さらに各地でNPO法人などによる研修会が開催され、現地の状況に応じた試行錯誤を経て、近自然工法として全国に普及していきました。
 オーバーユースで歩道の荒廃が進む箱根では、ボランティア団体が環境省、神奈川県、箱根町の行政と協力しながら、定期的な補修活動を続けています。最近では、大雪山・山守隊の指導を受けて、近自然工法に取り組んでいます。

研修会で近自然工法に取り組む箱根のボランティア団体 (写真提供:加藤和紀)

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 送り先=gama331202@gmail.com 登山道法研究会広報担当、久保田まで

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