山の日レポート
自然がライフワーク
登山で病気に負けない体をつくる(7)動き続けるための筋力維持法
2024.04.20
健康長寿の反対にあるのが寝たきり状態です。寝たきりになってしまう大きな原因のひとつは、筋力低下です。そして、筋力低下を起こすのは、動かないこと(不動化、廃用)なので、動かないことと動けないことは相互に加速する関係にあります。筋力が落ち始めると動くのが面倒になりますが、動くのは面倒だから少しでも動かずに済むようにしようという発想があると、動けなくなるサイクルが一気に加速します。
体を動かさない状態が続くと、初期に約1〜3%/日、10〜15%/週の割合で筋力が低下し、1カ月経過すると半分になってしまいます。これを回復させるには、真面目にリハビリ運動に取り組んだとしても、動かなかった日数の何倍も必要です。若者でも同様の現象は起こりますが、細胞分裂のスピードの遅い高齢者ではより時間を要することになります。
山の上りでは脊柱起立筋、腸腰筋、大殿筋、大腿四頭筋(外側広筋)などが鍛えられます。脊柱起立筋や腸腰筋は体幹の姿勢維持に重要で、姿勢のよいことは効率的な呼吸にも有効なため、これらの筋肉強化は肺炎などの病気の予防にも貢献します。下りでは腹直筋、大腿四頭筋(大腿直筋、外側広筋)が鍛えられ、腹直筋も体幹を支え姿勢を維持するのに大切です。山登りとその準備としての運動習慣を通じてこうした筋力を維持、強化しておくことは、膝痛、腰痛対策にもなり、寝たきり予防、長く歩き続けられる体づくりを約束します。
登山で使用する筋肉群は、坂道や階段の上り下りで使用頻度の高い筋肉ですが、それはそのまま転倒防止のために強化すべき筋肉でもあります。これらの筋肉は平地のウオーキングだけでは強化されないので、坂道や階段の昇降、椅子の着座起立、スクワットなどで強化に取り組む必要があります。登山のためのトレーニングとしてウオーキングを行う人は多いですが、歩行動作で利用される下肢の筋は、大腿部後面、下腿部前面および後面が中心で、登山で使う筋とはかなり異なり、これらだけでは登山のトレーニングにも、転倒防止にも十分ではありません。
また、平地歩行と山道歩きで大きく異なるのは、山道は整地されていないということです。転がりやすい石や木の根、岩の段差などをうまくかわしながら長時間歩くので、脚の筋肉への負担は整地された平地の道路や遊歩道を歩くのとは大きく異なります。山道は転倒や転落などの事故を引き起こす要因に満ちているわけですが、そうした場所でバランスを取りながら歩く練習を繰り返し行うと、転倒防止、危険回避のための筋肉群を維持、強化できます。
山登りで強化される筋肉群ごとの働きを知ることで、それぞれの筋肉
図-24 木の根や岩の段差でも転倒しない筋力とバランス感覚が必要 が毎日の生活でどう役立つか、健康管理にどう貢献するかを理解できます。
脊柱起立筋群:背骨の周りを取り囲む筋肉で、体を引き起こす、あるいは前傾・後傾姿勢を維持するために使われます。坂道の上りでは前傾姿勢となるので、上りの体勢維持に重要です。
腹直筋:体幹部の姿勢を維持するために使われ、特に体幹を屈曲させるために活動します。坂道歩きでは地面の傾斜に合わせて体の軸の角度を調節する必要があり、特に坂道を下る際に前にも後ろにも体が倒れないように姿勢を保持するために大切な筋肉です。
腸腰筋:腰椎の内側から大腿骨の根元までをつなぐ、腰の位置を保ち大腿部を持ち上げる筋肉です。上半身と下半身をつなぎ、立ち姿勢を保つためには欠かせません。腹部内臓の後ろ側にあるので、体表からは見えませんが、よい姿勢の維持や足を高く上げて速く走るための筋肉としても活躍します。加齢に伴い腸腰筋が弱くなってしまうことが多く、70代以降の高齢者の筋力は20代の約40%と言われています。腸腰筋が弱くなってしまうと、アゴを突き出して背中が丸まった猫背姿勢や逆に反り過ぎの不安定な姿勢になり、呼吸にも悪い影響がでます。
大殿筋:平地の歩行ではあまり使われませんが、股関節を伸展しながら体を上に引き上げる時に重要な役割を演じます。つまり、大きく脚全体を振り上げて足を着地させなくてはいけない段差の大きな階段、はしご、急傾斜の上りで大きな負荷がかかります。
大腿四頭筋:膝関節の伸展を行う登山では最も活動する筋肉です。上りの膝運動ばかりでなく、下りでの減速でも重要な役割を演じるため、筋肉痛や障害が起こりやすく、特に年齢と共に筋力低下が起こりやすい筋肉です。登山を長く楽しむためには日頃から鍛えておく必要があります。逆にこの筋肉の筋力低下が原因で膝に痛みが出て活動が思うようにできなくなることも少なくありません。
前脛骨筋:足関節を背屈する(つま先を上げる)動作で使用される筋肉です。
障害物につまずかないように足の位置を調整する時に使われます。傾斜が急な斜面でも頻繁に使われる筋肉で、この筋肉に力が入らなくなるとつまずきやすくなり危険です。転倒防止のために強化が必要な筋肉です。
腓腹筋:足関節を底屈する(足の裏側に曲げる)ために使用されます。上りの傾斜が増すにつれ、また、上りの速度が増すにつれて腓腹筋への負荷が高まります。つま先を階段の端などに乗せ、足の後ろ側半分以上が空中に浮いた状態で体の上げ下げをする運動が強化法としてよく取り入れられています。
ヒラメ筋:腓腹筋を補佐する筋肉で、遅い速度で長時間上る時に活動が高まる持久系の筋肉です。歩幅が狭いゆっくりした坂道ではヒラメ筋が、大きな歩幅で膝を伸展させながら速く上る場合は腓腹筋が主に力を発揮すると言われています。
健康長寿のために筋力維持が重要だと言われるのは、転倒防止だけが理由ではありません。筋肉を動かすとその間を走る血管も押されたり緩められたりします。そうした力は血液を進行方向に進めることを助けます。筋肉を動かさないとこのような血液の流れが起こらないので、血液が滞鬱(うったい)して、足がむくんだり、静脈の一部がコブのように膨れたり(静脈瘤)、よどんだ血液が血管の中で固まってエコノミークラス症候群のきっかけをつくったりと、いいことがありません。筋肉を動かすことが血流をよくすることに貢献することがわかります。
また、活動している筋肉からは血管を伸ばすための信号物質が分泌されます。筋肉の量が維持されると、体の基礎代謝(体を維持するために必要な最低限の栄養量)が高く維持されるので、同じ量を食べても太りにくくなります。
糖尿病の患者さんには食事の制限と合わせて運動習慣を強く勧めますが、その理由がここにあります。
生活習慣病と診断されると必ず運動が勧められますが、毎日取り組める簡便で有効な運動習慣として「歩く」ことが例に挙げられます。だれでも特別な道具なく始められるという利点があり、毎日、2日に1回などと定期性を確保するにもハードルが高くありません。しかし、毎日歩くだけでは飽きてくるかもしれませんし、実際のところ、増えてしまった体重を減らすには運動量としても多くはありません。あくまでも始めやすい習慣と考えておくのがよいでしょう。もう一段進めるのであれば、例えば、ウイークデーは町内で毎日2から4kmの散歩、週末は郊外の山で5時間程度のハイキング、といったパターンが生活習慣病予防の観点からは理想的です。こうすると、旅行気分で飽きもこないし、カロリー消費量も格段に上げることができます。
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