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山の日レポート

山の日レポート

自然がライフワーク

登山で病気に負けない体をつくる(5)登山で培う呼吸機能

2024.03.20

山の日通信員
日本山岳会 群馬支部山の通信員G
日本山岳会群馬支部根井

運動時の心臓と肺

上りでは自分自身の体重と荷物の重さの双方を、重力に逆らって移動させるので、多くの筋肉がエネルギーを必要とし、筋肉に酸素や栄養を届けるための臓器でもエネルギーの必要量が増えます。このため「つらい」、「きつい」と感じられます。心臓に無理をさせていないかをチェックするには脈拍を気にしながら運動することが勧められています。心臓に問題があると、坂を上る時に胸がムカムカしたり、胸から肩、脇腹の方に痛みを感じたりします。
不整脈が起こり、脈が飛ぶこともしばしば見られます。健康状態をチェックしながら山登りをすることは、それ自体が心臓の検査をしているともいえます。
齢を重ねていくと、長い人生の間休むことなく働き続けてきた心臓に何らかの異常が起こってきていてもおかしくないだろうと思いつつ、山の上りで心拍数や脈の乱れを気にしてみることは、自分自身で狭心症の健康診断をしていることになるわけです。
肺の場合も同じで、山道としては決して急ではない15%の傾斜でも、平地歩行の3倍ぐらい消費カロリーは上がり、それに応じて呼吸が激しくなります。慢性気管支炎や肺気腫などは年齢と共に罹患頻度が急速に高くなる病気ですが、最初の症状は階段が息切れで上れなくなることです。ですから肺の病気が基盤にあると“登山”という運動は極めて大変になります。登山で上りが以前より大変になったと感じたら、呼吸器の病気が始まったのかもしれません。閉塞性呼吸器疾患の予防、あるいは軽症の方の回復促進を目的として、登山の場で気道浄化を図り、合わせて呼吸筋を鍛えることは非常にお勧めです。
肺活量を十分に使うことで、肺の奥にたまった痰を出すきっかけにもなり、上りの呼吸筋へのストレス負荷で横隔膜や肋間筋の筋力が強くなります。

山登りでは時々脈の乱れをチェックする

呼吸の仕方を意識する

勢いよく流れる水路ではゴミがよどんで溜まることがないのと同じように、空気の通り道にゴミが溜まりにくくするには、時々速い流れがゴミを運び去ることは有利です。山の上りでやや息が上がる程度のスピードを維持できれば、気道表面のクリーニングには大きく寄与します。運動し始めに少し痰がでるかもしれませんが、それこそは気道に詰まりそうなゴミを速い空気の流れで吐き出す瞬間です。もちろん、気道が乾いてしまって、べったり張り付いてしまうと速い気流だけでは吐き出せないかもしれないので、しっかり水分補給をし、加湿機能を持つ鼻を通して呼吸することも大切です。
また、細い気道を潰さないためには、息を吐き切らないで、少し肺に圧力をかけて広がったままにすることが有効です。何度か膨らませた風船を潰れたままにしておいて、その後膨らまそうとするとなかなか膨らまないことを経験した人は多いでしょう。それに比べて、空気が残ったままで萎んだ風船を膨らまし直すことは、それほど大変ではありません。肺の場合も全く同様で、息を吐き切った時にも肺胞の中に空気が残り、押し広げる力が少しかかっている方が次の息が吸い込みやすく、肺胞が潰れたままになってしまうことを防ぎます。息を吐く時に口笛を吹くように口をすぼめ、少し吐きにくくすると、そうした効果が期待できます。実際に、気道が狭くなって酸素の取り込みが難しくなってきている肺気腫、慢性気管支炎の患者さんには、日々の生活の中でもそうした呼吸法が勧められています。酸素の圧力の低い高山で重い荷物を運んでくれるヒマラヤのポーターやボッカさんも、誰に教わるともなく、口笛のような音を出しながら歩いています。

山の上りでは腹式呼吸と口すぼめ呼吸が効果的

山の中でも腹式呼吸

特に意識することなく普通に呼吸している時、1回の呼吸で出入りする空気の量は成人男子では0.5Lぐらいです。しかし、本気になって思い切り息を吸い込むと、さらにその上2.7Lほど余分に吸い込むことができます。逆に、普通に呼吸をしていて息を吐いた後、さらに意識して肺の中から1.0Lほど追加で吐き出すことができます。そこまで吐き切っても肺が空っぽになってしまうわけではなく、まだ1.5Lほど肺内に残っているガスがあり、肺胞や気管支が虚脱してペチャンコになってしまわないような構造になっています。
こうした数字から普通の生活動作だけであれば、肺の一部しか使っていないことがわかります。空気の出入りがない、あるいは少ない肺の奥の方は、換気が十分されていない部屋のようなもので、細菌やウイルスが一回入ると、外に洗い出されることなく、そこで増殖していきます。そんなありがたくない環境を体の中につくらないためには、無理をしても大きな呼吸をして、肺の奥もしっかり換気してあげなくてはいけません。
腹式呼吸はまさにそうした大きな呼吸です。普通に息を吸い込むと口・鼻から距離が近く入りやすい胸の上の方の肺に空気が入ります。1回500mL ぐらいの呼吸では、この辺りの空気の出入りに終始します。肺の奥にあたる部分はお臍の背中側ぐらいになるので、ここまで空気がしっかり入るとお臍の辺りが前の方に押し出されます。これが腹式呼吸で、横隔膜がしっかり押し下げられるまで吸い込んだ状態です。漢方医学では丹田を意識して呼吸せよと言われますが、丹田はお臍の少し下で、専門家は腹式呼吸との違いを強調されますが、大きな呼吸という意味では基本的に同様です。
酸素の消費が多くなり、二酸化炭素の産生も高まる山の上りでは、自然と大きな呼吸をするようになるので、特別に意識しなくても大きな呼吸のクセがつきます。しかも、吸い込む空気はチリや埃の少ない清涼な空気です。周りに人も滅多にいないので、他人が吐き出した細菌やウイルスを心配する必要もありません。吐き出した空気は、稜線を渡る風ではるか遠くに流されていきます。山を登りながら大きな呼吸の意義を少し意識すると、感覚的にも肺の奥まで掃除しているという爽快感を味わうことができるでしょう。

呼吸のための筋力と肺年齢

呼吸運動の約75%は横隔膜の働きです。空気の出入りを増やさなければならなくなると、補助呼吸筋と呼ばれる肋骨の間の筋肉や胸鎖乳突筋、斜角筋、大胸筋などの胸の筋肉が働きます。それでも足りないと、背中側の僧帽筋や肩甲挙筋も働き、これが肩で息をする状態です。
呼吸筋も運動能力を高めるためには鍛錬が必要で、運動する時に大きな呼吸、速い呼吸を繰り返すことで呼吸に必要な筋肉が鍛えられます。人工呼吸器に長くつながれて、自分の筋肉で呼吸をしていないと、呼吸の筋肉も衰え、人工呼吸器なしで生活できるようにするためには、呼吸筋のリハビリテーションが必要になります。
では、呼吸筋の能力を簡単に鍛える方法はあるでしょうか。もともと、休みなく働く筋肉群なので、ちょっとやって簡単に鍛えられるものではありません。普段から時々大きな呼吸を心がけ、力一杯吐き出したり、逆に大きく吸い込んだりすることで筋肉の能力を維持・強化することができます。低酸素血症になりにくい体にすることは病気に強い体、抵抗力のある体をつくることとイコールですから、坂道をガンガン登れる体にしておくことが健康長寿につながります。
肺の病気の検査として1秒率や1秒量という指標が使われています。最初の1秒で一気に吐き出せる空気の量(1秒量: L)を肺活量で割り、100を掛けた数値が1秒率です。細い気道が狭くなっている人では、この値が小さくなります。標高が高く空気の薄い山の上でたくさん呼吸をしなくてはいけない山登りでは、肺の奥まで空気をスムーズに出し入れできることは大変重要なので、この値が低下しては困ります。1秒率は70%以上が正常で、1秒量が1Lより少ないと、痰を吐き出すことが難しくなり、肺炎になりやすくなります。
年齢と共に1秒量は減少するので、この値から肺の若々しさを評価する、肺年齢という指標が提唱されています。長期に喫煙していると、気管支が弱っていることが多く、この検査の値は下がります。禁煙決断のよいきっかけになるかもしれないので、喫煙者には是非測定してほしい指標です。
 《日本呼吸器学会【肺年齢計算式(】18〜95歳)》
   男性:肺年齢={0.036×身長(cm)-1.178-FEV1(L)}/0.028
   女性:肺年齢={0.022×身長(cm)-0.005-FEV1(L)}/0.022
 例えば、身長160cm、1秒量2Lの女性の場合、{0.022×160(cm)-0.005-2.0}/0.022=68.9歳となります。

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