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山の日レポート

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自然がライフワーク

登山で病気に負けない体をつくる(4)病原体に負けないための免疫力

2024.03.05

山の日通信員
日本山岳会 群馬支部山の通信員G
日本山岳会群馬支部根井

感染症への防御と免疫力・免疫の仕組み

感染症への防御と免疫力
人類が誕生してこの方、疫病(感染症)は人々の悩みの種です。寄生虫、細菌、ウイルスなど、さまざまな病原体が人の生命を脅かせてきました。感染防御の方策がなく、効果的な薬もない時代、人々にできることは神に祈り、集落の入り口に道祖神を立てるぐらいのことでした。それでも、村が全滅することは滅多になく、犠牲者を出しながらも、種族を存続させてきました。
病原体に打ち勝って生きながらえた人は丈夫な体と何らかの賢さ(病人と長時間部屋を共にしないなど)を持っていたと考えられます。病原体が体に侵入しても体の抵抗力によって、その後の展開は大きく変わります。外部から体に侵入した病原体を除くためのさまざまな機能を含む総合的能力が備わっていた人々は、疫病に負けずにすんだと言ってもいいでしょう。医学用語ではありませんが、こうした能力は「免疫力」と呼ばれています。
「免疫力」は総合力なので、サプリメントや薬を飲めば獲得できるというものではありません。生活上のきめ細かい感染対策や、長年にわたる生活習慣で獲得できるものです。感染症に対して抵抗力を付けるには、あるいは、感染症になってしまっても回復できる予備力を備えるためには、自分自身の体の力を充実させておくしかありません。こうした抵抗力はパワーのある筋肉を必要としているわけではありません。むしろ体の奥にある内臓の細胞やそれを取り囲む組織の生きのよさが大切です。登山のような持久系の運動はこうした機能を高め、維持することに効果的です。
各種の広告では、簡単に健康になれる薬やサプリメント、道具があるように宣伝されていますが、そんなことはありません。抗生物質がきかない細菌や効果的な薬が開発されていないウイルス、寄生虫はたくさんあります。 2019年末以降の新型コロナウイルス感染症蔓延では、世界中の人々がこのことを嫌というほど思い知らされました。

壮大な景色を眺めながら程よく運動することで免疫機能が活性化する

免疫のしくみ
体には、ウイルスや細菌の侵入を防ぐ段階と、侵入した敵と戦う段階の2段階の免疫の仕組みが備わっています。第一段階は皮膚や粘膜にあり、異物が粘膜を介して体内に入るのを防ぎ、体外に出してしまう感染防御です。第2段階は、侵入し増殖し始めたウイルスや細菌を免疫細胞が捕らえて排除する仕組みです。この段階の免疫にはさらに2つの仕組みがあります。1つは病原体の侵入後、直ちに働く機構で、「自然免疫」と呼ばれます。白血球の一種である好中球やマクロファージが病原体をのみ込み、リンパ球の一種であるNK細胞が病原体と病原体に侵入された細胞を破壊します。
この「自然免疫」に少し遅れて2つ目の「獲得免疫」機能が働きだします。
外敵が侵入したことをあるタイプのリンパ球が察知すると、増殖し活性化された各種の免疫担当細胞は感染巣の病原体を攻撃します。病原体を中和し無効化する「IgA」「IgG」などの抗体も産生します。「獲得」と呼ばれるのは、一度感染した病原体の化学的な性質を体が覚え、免疫担当細胞を素早く活性化させる能力を発育過程で獲得することができるからです。この仕組みにより、同じ病原体が2回目以降に体に入った時は、本格的に病気になる前に素早く攻撃破壊することができます。
ということは、あまり清潔な環境で育ち過ぎると、抗原となる病原体に触れる機会が少ないので、免疫機能が育たないということにもなります。主要な感染症の獲得免疫を病気にならずに起動させる術がワクチン接種です。ワクチンは毒性の弱い病原体や病原体から毒性を取り除いたもの、毒性と関係ない病原体の一部分などで作製されていて、これらを体に注入して、実際に病原体が体に入った時に素早く「獲得免疫」の機構が働くように体に病原体の性質を覚え込ませています。

ウイルスや細菌の侵入を防ぐ体の防御体制

免疫力アップにつながる生活習慣

免疫担当細胞は細胞分裂を伴う生体反応で、加齢と共に始動に時間がかかるようになり、産生される細胞数も少なくなります。その結果、免疫細胞の数が減り、個々の免疫細胞自体の機能も若年者より低いため、年を重ねるにつれて免疫力が落ちます。しかし、暦上の年齢に従ってだれでも同じペースで免疫力が落ちるわけではなく、日頃から健康増進に取り組むことで免疫力ダウンのスピードも遅くすることができます。免疫力を落としやすいいくつかの要因を避けることも健康増進のためには欠かせません。重要なチェックポイントを5つ紹介します。
(1)強い身体的ストレスを受けると自律神経のバランスが乱れ、免疫力が弱まります。体の代謝が活性化し、全身の血流が促進される程度の適度な運動が免疫力をアップさせます。運動不足も激し過ぎる運動も免疫を落とすことから、汗を軽くかく程度の運動が免疫力強化には有効と考えておきましょう。
(2)適度に運動し、筋肉を動かすことで体の代謝が高まり、末梢循環もよくなり、免疫力が強化されます。十分な睡眠時間の確保も含めた規則正しい生活が免疫力を強化します。
(3)楽観的思考の人は、心理ストレスにさらされても免疫機能が下がりにくいと報告されています。
(4)食生活では、過食にならず、バランスのよい食事をすることが大切です。ビタミン類を多く含む野菜や果物、タンパク質を多く含む豆類などを十分に摂ることで、免疫担当細胞や抗体の材料がそろいます。
(5)解熱剤や下痢止めをやみくもに内服して症状だけを抑えてしまうことは、病原体の破壊や排出を遅らせ、病状を悪化させたり長引かせたりします。

必要最小限の食糧を持って、壮大な景色を眺め、仲間と楽しく語り合いながら、無理のないペースで山を登ることは、免疫機能活性化にいいことずくめです。日の出前後に活動を開始し、山から下りたら風呂に入り、野菜や魚のあっさりした食事をとって、日が暮れたら床に就くという生活リズムは免疫機能を最大限に引き出すライフスタイルです。

年齢と共に免疫力は落ちてくる:唾液中の免疫グロブリン分泌の例

山でもできる衛生管理

病気のない人の体に病原体が侵入するのは口・鼻や尿道、肛門、そして目の角膜・結膜など粘膜面からです。粘膜面は栄養豊富な分泌物や組織液で湿っているので、病原体にとっては取り付きやすい場所です。皮膚は何層にも重なった緻密な繊維からできているので、噛まれたり、尖ったものが刺さったりしなければ早々病原体が侵入することはありません。ですから、感染の予防は粘膜面をきれいにしておくことと、ケガ・虫刺されなどで皮膚が破れないようにすることの2つです。長袖、長ズボン、手袋の着用などで皮膚表面が外部にさらされないようにすることが大切です。
尿道からの感染予防としては尿を溜めないことも有効です。おしっこを我慢して尿が溜まった状態が長く続くと、尿道を通じて外部から膀胱へ侵入した細菌が増えてしまいます。しっかりと脱水補正をして、溜まるたびに小まめに排尿すると細菌が増えることがありません。
少し特殊な例になりますが、人から人へ伝搬するウイルスが流行している時には、山で他のメンバーと活動を開始する前にも手洗い、うがいをお互いがしておくことが勧められます。そうした時には息苦しくならない程度のマスクあるいはマスク代わりのバンダナや手拭で、口と鼻をカバーするエチケットも欠かせません。
これは、ガンガン登っている時に、自分の気道に付着した細菌やウイルスを激しい吐息や咳、くしゃみで周りの人にうつさないためです。人と人との間隔も視界から離れない程度に保ち、必要もなく超接近することは避けましょう。人が集まりやすい山頂や展望台での長時間の滞在は避け、次の人が来たらすぐに先へ進むぐらいの配慮が必要です。

感染症流行期にはマスクをしての登山もありうる

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