
山の日レポート
国際山の日
ケシャブさんレポート①マウンテン・イニシアティブ:パートナーシップによる山岳地保全
2025.12.16
ぼくがマウンテン・イニシアティブのことを知ったのは2012年4月にカトマンズ、ネパールで開催された国際会議International Expert Consultation on Mountains and Climate Change (山岳地と気候変動に関する国際専門家協議会)に参加したときである。正式には、The Mountain Initiative: Protecting Mountains Through Partnership(マウンテン・イニシアティブ:パートナーシップによる山岳地保全、以下MI)と言われるこの構想は2009‐10年、山国ネパールが率先して創設された国際協力枠組みである。
私たちはふだん、遠くに見える山の姿を「美しい風景」として眺めることが多いかもしれない。しかし山は、ただの風景ではない。川の始まりであり、動植物のゆりかごであり、そこに暮らす人々の文化を育ててきた場所でもある。そして実は、世界の半分もの人たちが、山から流れ出る水に支えられて暮らしている。
世界の山岳地域は、貴重な生態系の多様性、水資源供給、文化的価値など、多面的な機能を有している。しかし、気候変動による影響は特に深刻で、氷河融解、氷河湖決壊洪水(GLOF)、降水パターンの変化、雪崩、地滑りの増加などが頻発している。自然のリズムが揺らぐと、山のふもとで暮らす多くの人々の生活も不安定になる。水が足りなくなる場所や洪水が頻繁に起きる場所も現れる。山の変化は、私たちの日常にもつながっているのである。それにもかかわらず、山岳地域の脆弱性は長らく国際的議論の中で十分に扱われてこなかった。この状況を打開するために立ち上げられたのがMIであると言えよ。ネパール政府の呼びかけに多くの山岳国や国際機関が賛同したのである。
MI創設の背景には、山岳国が共有する以下の課題(当時)があると認識される。第一に、山岳地域に関する科学データが不十分で、政策決定に反映されていなかったこと。第二に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)および締約国会議(COP)における議論では、山岳問題が周縁化されていたこと。第三に、山岳生態系は国家境界を超えて連続しており、国際協力なしには対応が困難であるという構造的課題があった。さらに、多くの山岳国が適応資金を十分に獲得できないという現状も創設を後押ししたと理解される。
MIの今日的意義として、1)山岳の脆弱性の国際的認知を強化しUNFCCCやCOPの議論の場において山岳地域の重要性を訴える役割を果たし、気候政策文書への山岳への言及を確実に増やしたこと、とりわけCOP16以降の国際文書に「山岳の脆弱性」が明確に位置づけられるようになった。COP28〜COP30で「Mountain Pavilion」を設置し、山岳国と研究機関が共同で発表・展示を行い、国際的な注目を得た。2)気候変動に対する持続的適応策の推進として、山岳地域では温室効果ガス排出よりも適応が優先されることを踏まえ、早期警報、災害管理、気候レジリエンス向上の枠組み整備を促進してきたこと、とりわけネパールやブータンで導入されたGLOF対策は、MIの政策支援および国際資金誘導の成果とされる。3) 研究と観測の拡充として、カトマンズにあるICIMOD(International Centre for Integrated Mountain Development: 国際山岳開発センター)をはじめとする研究機関との連携を強め、氷河後退や降水変動に関する観測データの収集と共有を進めていることなどがあげられる。4)防災・生計改善と結びつく総合的なアプローチで、環境保全だけでなく、持続可能な観光、コミュニティレベルでの農業・生計支援、文化保護など、山岳地域の包括的な持続性の向上に寄与している。
MIは、山岳地域の脆弱性を国際社会へ訴え、山岳国の外交的連携の強化、政策的支援や科学的協力を促進する重要な枠組みとして、気候変動時代にますます重要性を増している。山岳生態系の保全は、単なる自然保護にとどまらず、地域住民の生計、国家間の水資源管理、さらには地球規模の環境安定性にも直結する課題である。今後は、国際的連携のさらなる強化、科学的データに基づく政策設計の推進(2025年12月6日開催の「国際山の日」2025シンポジウムにおいて奈良間千之氏も質疑応答で日本においても氷河に関する科学的データは少なく確かなことは言える状況ではないと言っていたのでこの点はとても重要であると理解される)、そしてコミュニティレベルのレジリエンス向上が求められる。MIはその中心的役割を担う国際協働モデルとして、今後も継続的な発展が期待される。

地域農林経済学会副会長 マハラジャン、ケシャブ ラル(科学委員会委員)さんから
2025年12月6日開催の「国際山の日」2025シンポジウムに参加後、12月11日国際山の日にレポートが届きました。

科学委員会委員 マハラジャン、ケシャブ・ラル さん
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