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山の日レポート

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自然がライフワーク

【連載:西表島と私】 その9 西表島の魅力(山道と沢の現状)

2022.08.01

全国山の日協議会

 西表島での研究が一段落した後、私はJICA(国際協力機構)専門家として足掛け25年間、丸16年間をボルネオ島で暮らした。動物の研究と、発展途上国における若手研究者の育成が仕事だった。この間、西表島へは数回ほどしか行く機会がなかった。
 しかし、21世紀に入って日本にいる期間が増えたことを機に、西表島通いを再開した。60歳を過ぎて歩いてみると、西表島の山や沢は、地形も気候的なものも、さらに体力的にも自分にピッタリだと感じた。そして、「せっかくなら、西表島のすべての沢を歩いてみたい」と思うようになった。

うっぺいした樹冠。沢を歩いていても空が見えない。

1)山中で人と会ったことがない

 西表島の山の魅力は、ほとんど人が入っていないことだろう。一週間歩いても人に遇うことがない。それに、森林そのものが他府県と違う。
 まったく空が見えない閉鎖した樹冠、太い幹に絡まる蔓植物、巨大な板根、多種多様なシダ類、マングローブ。さらにヘビ、トカゲ、カエル、昆虫類など、すべてが南方系の生き物たちだ。まったく別の世界を歩いている感がある。

稜線に立つ。1週間でも10日でも、人に会うことがない。

 西表島の山は、難易度からすれば決して恐れる場所ではない。最高峰の古見岳でさえ標高470メートル。東京都心から近い高尾山にも及ばない。1000を超す数の滝があるが、いずれも脇を迂回出来る。他府県の山と違ってどんな崖でもたいてい木が密生しているからである。
 それに終日水の中を歩いても、真冬に野宿をして寒い思いをしたとしても、凍傷や凍死することは絶対にない。「海を渡って行く」ということで、ちょっとした遠征気分になれるし、自然の水が豊富で、しかも、どこの沢でも安心して生水を飲むことができる。

渓流域。ナメ床もあれば岩石帯もある。どこの沢でも安心して生水が飲める。

2)山道の現状

 西表島の集落は東海岸沿いと、北西海岸から西海岸沿いにある。かつては、東西を結ぶ道として、古見または大富~浦内川~干立、大富~御座岳~白浜、古見~北海岸~船浦、豊原~南海岸~船浮などの横断ルートがあった。ただし、すべて歩き道だった。
 しかし、1977年の北岸自動車道路の完成により、県道白浜南風見線が全通。島の東西を車で行き来できるようになった。一方、ほとんどの横断ルートは廃道になった。唯一残る大富~浦内川のルートでさえ、軍艦石~稲葉集落跡~干立間は塞がっている。この大富~浦内川のルートのうち、大富林道~軍艦石の間は「横断山道」と呼ばれ、案内板、里程標などがあり、比較的安全に歩くことが可能である。

西表島の略図

 西表島を代表する山には古見岳、テドウ山、御座岳、南風岸岳などがある。かつては稜線に至るまで、はっきりとわかる道があった。理由は隣接した島々を含め、島民が建築材・舟材を求めて山へ入っていたこと。特に屋根や壁を葺くリュウキュウチクは、山頂まで登らなければ入手できなかったからである。それが、建築材やボートを他所から買う時代になったこと。さらに、西表島が国立公園に指定されたことで、山へ入る機会が少なくなった。そのため、山道は完全に消えてしまったのだ。
 現在、山へ入る人と言ったら、イノシシを追う猟師と、森林を管理する森林管理署職員と環境省職員くらいだが、まんべんなく歩いているのは、むしろ大学の探検部やワンダーフォーゲル部の人たちだろう。

南風岸岳山頂より南海岸を見る。何年にも渡って登頂者のいない忘れられた峯。

 西表島の川は、潮の干満の影響を受ける部分、いわゆる感潮域からいきなり渓流になっている。他府県の河川にある中流域に相当する部分がない。このことは、ボートで遡ると理解できる。
 浦内川の軍艦石のように、ボートで溯行可能な場所までが感潮域で、そこから上流が渓流である。渓流は淡水、感潮域は淡水と海水が混ざるか、海水が淡水の下に潜る二層になっている。
 西表島の自動車道路は海岸沿いにあり、橋は河口に掛かっている。それ故、車から見ることができる川の部分は、ほとんどが感潮域である。たとえば、仲間川、前良川、後良川、相良川、ユチン川、ナダラ川、浦内川などだ。しかし、相良川、ユチン川、ナダラ川では、徒歩で10分も遡れば渓流に変わる。大見謝川は、渓流から直接海に注ぐ川で、感潮域がない。このような沢は大見謝川、落水川、ウビラ川など、とても少ない。

多様なシダ植物。リュウビンタイ、カダワラビ、ヘゴなど巨大な種類も多い。

 河川の感潮域に山道はない。現在、感潮域はふつうボートやカヌーで行き来している。渓流域では部分的に遊歩道や登山道を持つ河川がある。ユチン川、大見謝川、クーラ川、浦内川、仲良川である。他は、沢そのものが山道になるわけである。西表島の渓谷は規模こそ小さいが、原生林を縫って流れる清流は、どこへ出しても恥ずかしくない美しいものだ。滝も多く、渓流のところどころに、自然の造形の美しさを散りばめてくれている。

感潮域。潮の干満の影響を受ける下流域と中流域のこと。道はなく、川縁は干潮時のみ歩くことが可能。

1000を越える滝、無数の沢、森に埋もれる山道…。「西表島のすべての沢を歩きたい」と考え、西表島を東海岸、北海岸など4カ所に分け、各海岸に開口する川と支流ごとに歩いた沢をまとめたものです。

南島探検: 西表島の沢を歩きつくす( 単行本) 2020/11/9

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