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山の恩恵
2021.08.11
私にとって、「山」とはかけがえのないもの。
それは、人類を含む多くの動物や植物を育む生命の源として、唯一無二の存在であることはもちろん、私を育ててくれた恩師とも言える存在である。
そんな恩師から私は離れようとした時期があった。まさに“恩知らず”な行為である。当時、私は慢性骨髄炎という病気を発症して、入退院を繰り返していた。医師から「一生、山に登ることは難しい。」と言われたとき、私は山と向き合うだけの度量を持っていなかった。山のことを考えることも見ることも辛くて、山に背を向けた。そんな自分に山と向き合わせてくれたのは、“山の仲間”だった。私は彼らから「自分は山から離れちゃいけないんだ。」ということを教えてもらった。もちろん直接そう言われたわけではない。山仲間と一緒に語らううちに、彼らと一緒の世界で生きていきたい、と強く思うようになった。そして、私が山から多くのものを与えてもらったことに気づかされた。
自分に全く自信がなくて何からも逃げていた自分を変えてくれたのが山だった。多くのかけがえのない先輩、友人、後輩と出会えたのも山を通じてだった。想像もしなかったような絶景や、他では味わえない充実感、痺れるようなクライミングのときに出るアドレナリン、生きて帰ってきたときの安堵感、そして、森や沢、鳥、花、動物など癒してくれるものの存在。そうしたものを彼らが思い出させてくれた。
そのとき、「山の世界で一生、生きていく。」と決めた。山に登ることができない自分ができることは、登山者の役に立つこと、私たちを育んでくれた山に負荷をなるべくかけない経済活動を模索することだった。それで気象予報士の資格を取り、気象会社の門を叩いた。この辺りの経緯は、「山岳気象予報士で恩返し」(三五館)に詳しい。
私が前職のメテオテック・ラボ(川崎市)で日本初となる山岳気象ビジネスを始めたとき、中高年の登山ブームで気象遭難は増加の一途を辿っていた。山岳会や山岳部、ワンダーフォーゲル部などの組織に属さない登山者が激増し、登山スタイルが大きく変容していた。旅行会社が企画するツアー登山や、登山ガイドが組織するガイド登山が多くなり、それらの気象遭難が多発していた。「気象遭難のほとんどは防ぐことができたもの。これは何とかしなければならない。」と思い立ち、2008年に、主に登山ガイドなどプロ向けに全国15山域の山頂の天気予報を開始。また、同年、山本篤氏、角谷道弘氏のエベレスト公募登山隊に気象情報を配信し、それ以降、竹内洋岳氏や三浦雄一郎氏など海外に挑戦する登山家や、アドベンチャーガイズなどの公募登山隊、テレビや映画の山岳における撮影などに気象情報を配信してきた。同時に旅行会社とも個別に契約を結び、登山前や登山中に具体的な気象リスクについてアドバイスをおこなっている。2011年には株式会社ヤマテンを設立し、一般登山者向けにも「山の天気予報」の配信を開始。今秋には大幅なリニューアルを行い、発表する山の数も59から332と大幅に拡充する予定だ。
気象情報を配信する一方で、天気予報だけに頼らない、自立した登山者を育成する必要性を感じていた。そこで、2008年以降、全国各地で講習会、研修会をおこなっている。
まだまだ力不足で、恩返しできているレベルには達していないが、ツアー登山やガイド登山の気象遭難は大幅に減少している。一方で個人登山者の気象遭難は増加傾向にある。こうした遭難を減らすためには、講習会に参加しないような登山者にも、天気を学ぶことの楽しさや、安全登山のための知識を知っていただくことが重要だ。そこで、楽しく天気を学べるような「空見ハイキング」を実践したり、「空の百名山」という企画を立ち上げて、全国で空を見るのにもっとも相応しい100山を選定し、山頂でゲリラ的に、空を学ぶミニ講座をおこなっていきたいと思っている。
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