
山の日レポート
通信員レポート
小さな家族農業と登山は似ているなーと思うようになりました
2026.09.01
今年も稲刈りが始まりました。災害のニュースを聞き、収穫直前で被害を受けたであろう農家のことを考え、胸が締め付けられる思いです。自然が相手だからこそ、農業は単純に喜びだけではありません。その年々、日々のありがたさに感謝したいと思います。
今年の夏山は、小1と小3の娘二人を連れ、家族4人で立山へ。三山を縦走してきました。コバイケイソウやチングルマが見事で、ライチョウ親子にも会えました。農作業の合間に、少し無理をしてでも来た甲斐がありました。
最近、小さな家族農業と登山は似ているなーと思うようになりました。
第一に、登頂することよりもむしろその過程(プロセス)が大事だという点。頂上に到達しさえすればいいのであれば手段は様々ありますが、人力で登るというシンプルな挑戦に、喜びや学びがあります。農業も同じで、大きな機械や先端技術を使って力づくで収穫に至るやり方もありますが、家族農業はなるべく人力かその延長で収穫を得るところに醍醐味があります。また収穫が最大の目的ではなく、暮らしが目的です。どのように農業をし、どのように暮らすかというプロセスを重視します。
第二に、自然には逆らえず、自然と共にあるという点です。小さな農業では、自然と作物をよく観察し、自然の力をうまく利用します。季節や地域性を無視した農業は余計なエネルギーを必要としますし、人間の都合を優先しすぎるとしっぺ返しに遭います。時に大きな災害があっても、立ち上がれるのは、自然には逆らえないということを農家は知っているからです。
第三に、よりシンプルな装備で長く楽しみ、成果を上げる喜びです。小さな農業も、大きな投資をせずに、なるべく小さな投資と小さな力で、長く暮らし続けることにやりがいを感じます。この村の先輩農家たちがどうしていつも明るく元気なのか。おそらくシンプルながら、自然相手に上手に生きる技術を大事にしてきたからでしょう。
最後に、仲間と助け合い、成長を感じられる点です。農村では共同作業が多く、村人や家族と力を合わせないと暮らしていけません。今回の登山で娘たちの成長を感じられたように、農業でも困難や失敗を繰り返しながら自分の成長を感じられることは喜びです。
コメ不足で米価が高騰し、「農業は大規模化してコストを下げろ」という声が大きくなりました。しかし、どうでしょうか。規模拡大をひたすら続けて、農業に楽しみややりがいを持ち続けられるでしょうか。わずかな人間で農村という暮らしの場を守れるでしょうか。そして最大のパートナーである自然に対し、畏敬の念を持ち続け、ともに在り続けられるでしょうか。
登山の中でふと喜びを感じるたびに、農家としてあるべき姿を考えます。
たましぎ農園(鴫谷幸彦)

今年の夏山は、小1と小3の娘二人を連れ、家族4人で立山へ。三山を縦走してきました
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