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山の日レポート

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立山信仰の世界へようこそ!【連載7】立山信仰の拠点集落 芦峅寺と岩峅寺

2026.02.25

全国山の日協議会

 みなさん、こんにちは。富山県[立山博物館]館長の高野です。

 江戸時代に立山禅定登拝に訪れた人びとの宿泊の世話や山案内を行っていたのは、立山山麓の芦峅寺村(以下、芦峅寺・あしくらじ)と岩峅寺村(以下、岩峅寺・いわくらじ)の両集落でした。今回は、芦峅寺と岩峅寺がどのような集落であったのかを紹介します。

芦峅寺遠景

(1)立山信仰の拠点集落

 江戸時代に立山信仰の拠点として栄えたのは、芦峅寺と岩峅寺の両集落でしたが、それ以前には七カ所の宗教的な集落があったようです。文化12年(1815年)の古文書には、次のように書かれています。
 「立山大権現は、開堂・慈(じ)興(こう)上人(しょうにん)勧請にて、七ケ所に坊舎建立、納経帳出来候ところ、中古五ケ寺退転いたし、当時芦峅寺・岩峅寺まで相残り」。
 立山開山者の慈興上人(佐伯有頼あるいは有若)が立山大権現をお迎えし、七カ所に寺院を建立したが、五カ所はなくなり、芦峅寺と岩峅寺だけが残っている、としています。
 両集落を支配していたのは、加賀藩でした。宗教施設と宿泊施設を兼ね備えた「宿坊」(しゅくぼう)の主人は、身分を僧侶として扱われ、「衆徒」(しゅと)と呼ばれました。衆徒は、生活上は農業や焼畑も行い、「半僧半俗」(はんそうはんぞく)のかたちをとっていました。
 芦峅寺と岩峅寺には、それぞれ「一山」(いっさん)と呼ばれる組織がありました。一山とは、山岳信仰の盛んな地域において構成されるもので、宗教上の位階・身分や共有地の監理、寺社奉行とのやりとりなどを行う宗教的な自治組織です。「芦峅寺一山会文書」(富山県指定文化財)が残されており、「禁法十六ヶ条」という厳しい掟などから当時の一山の運営の様子をうかがうことができます。

雄山神社中宮祈願殿「大宮社殿」

(2)芦峅寺はどんな集落だった?

 芦峅寺は、常願寺川(じょうがんじがわ)の右岸段丘上、標高約400mの高所にあります。その自然環境から稲作には適さず、焼畑や炭焼、狩猟などが発達しました。享和元年(1801年)以降、芦峅寺一山は33衆徒と5社人(神官)に固定され、門前百姓などと共に居住していました。
 江戸時代の芦峅寺の中核寺院は、中宮寺(ちゅうぐうじ)であり、立山権現社及びうば堂の2つの境内に分かれていました。立山権現社は、講堂、拝殿、立山開山堂、大宮、若宮などを構えていました。現在は雄山神社中宮祈願殿と呼んでいます。
 東へ進むと、中宮寺の中核エリアに入り、仁王門、佐伯堂、閻魔堂、鐘楼堂がありました。閻魔堂は現在も残っています。さらに東の姥谷川(現在のうば堂川)に「布橋」が架かっています。毎年の秋彼岸の中日に極楽往生を願う女性のために行われた「布橋灌頂会」(ぬのばしかんじょうえ)という法会において白布が敷かれたので「布橋」と呼ばれています。橋を渡ると、うば堂があり、北には帝釈堂がありました。かつてうば堂には、山の神である、うば尊像が69躰まつられていたと伝わります。うば堂は明治時代初めに破却され、現存していませんが、その付近には基壇が復元されています。現存するうば尊は、立山博物館と閻魔堂に安置されています。

雄山神社中宮祈願殿「若宮社殿」(立山町指定文化財)

布橋と立山

(3)岩峅寺はどんな集落だった?

 岩峅寺は、常願寺川の右岸段丘上、標高約100mにあり、稲作が十分可能な場所です。
 最大24衆徒が門前百姓とともに居住していました。岩峅寺衆徒は、主に加賀藩や前田家の安穏祈願や立山山中の管理を行っていました。
 江戸時代の岩峅寺の中核寺院は、立山寺(たてやまじ)でした。現在は雄山神社前立社壇と呼んでいます。本殿は室町時代後期の様式で、国の重要文化財に指定されています。
 立山寺の入口には、大鳥居(一ノ鳥居)があり、境内には、御本社、御仮屋、湯釜、大講堂、拝殿、観音堂、地蔵堂などを構えていました。御仮屋には刀尾天神(たちおてんじん・本地:不動明王)、御本社には立山権現(本地:阿弥陀如来)を安置し、この二柱の神をあわせて「立山両大権現」と称しました。

 江戸時代の岩峅寺は、大鳥居の立つ立山両大権現の神域の入口、そして芦峅寺は布橋を渡り、山の神・うば尊と結縁する、あの世(山)の入口だったと言えるでしょう。そして両集落は、一夏(旧暦の6~7月)に6000人以上の禅定登拝者を受け入れていたのです。

雄山神社前立社壇「拝殿」

雄山神社前立社壇「本殿」(国指定重要文化財)

宿坊のにぎわい(立山博物館展示館ジオラマ)

 次回は、江戸時代に立山信仰がどのようにして各地に広がったのかを紹介します。引き続き、連載にお付き合いいただければ幸いです。

◎立山博物館には、芦峅寺の宿坊「教算坊」と「善道坊」の建物があり、無料で公開しています。また、雄山神社中宮祈願殿には樹齢300年以上のタテヤマスギの大木(富山県天然記念物)が立ち並び、県内屈指のパワースポットで知られています。
「立山信仰の里」と呼ばれる富山県立山町の芦峅寺にぜひお越しいただき、当時の雰囲気を感じていたければ幸いです。

芦峅寺の宿坊建築「善道坊」

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