
山の日レポート
通信員レポート「これでいいのか登山道」
【連載40】これでいいのか登山道
2026.01.27
この連載も40回目となりました。今回は筑波大学大学院山岳科学学位プログラムに在籍中の松金ゆうこさんに、台湾における近年の登山ブームについてご寄稿いただきました。第1回目は「山地管制」から「山林開放」への道程についてですが、以降も安全と環境のための登山者教育、ガイドやレンジャーなどの専門人材についてなど、いくつかのテーマで連載いただきます。
また、皆様が「山の道」について思うこと、考えることなども、ぜひ、ご寄稿くださいましたら幸いです(ご寄稿先メールアドレスは文末にあります)。
松金ゆうこ(筑波大学大学院山岳科学学位プログラム学生)
最近、富士山や北アルプスなどで登山をしている際に、中国語を話すグループに会ったことのある方は多いと思います。その多くが台湾人であることをご存じでしょうか。台湾では2010年代以降、特に新型コロナ収束後、登山が盛んになっており、島内の山に飽き足らなくなった人々が日本に登山をしに来ています。台湾では、総人口約2,300万人の1割以上が登山人口とされ、これは割合で言えば日本の2倍以上です。
この登山ブームの後追いとも、起爆剤ともいえるのが、2019年から2023年にかけて台湾の中央政府が省庁連携で推進した山林開放政策です。この政策は、島内の各山域で、登山道の開放や山小屋の修築など、登山者にとっての利便性を向上させると同時に、登山という危険を伴う活動において、政府と人々との間で責任の線引きを行うものでした。

台湾最高峰の玉山(標高3,952m)山頂は人でにぎわう
台湾で登山が盛んになった背景には、面積の7割を山地が占めるという地理的条件が影響しています。人口の密集する台北市は盆地にあり、どの方向に行ってもすぐ山があり、低山での日帰りハイキングを楽しむことができます。また、台湾に特徴的なのが、中央山脈をはじめとする島中心部の高山の多さです。3,000mを超える山が268座あるとよく言われています。これら高山に登るには、行程の長さ、装備の重さに耐える体力と、十分な知識と技量が必要です。「日本百名山」と同様に、台湾には「台湾百岳」がありますが、その完登の困難さは比較になりません。

台湾では、高山の縦走、都市近郊でのハイキングなど多様な登山が楽しめる
しかし歴史を振り返ると、台湾では、登山そのものを目的とする登山ができなかった時代が長くありました。中国大陸から漢民族が渡ってくる前、島内にはオーストロネシア語族の原住民族(※)が住んでいました。清が支配していたのは漢民族の住む西部の平地だけでした。日本植民地時代になって初めて、台湾の山地に平地の政治権力が及ぶようになります。原住民族の生活や狩りの場は、すべて国有林にされました。特産の檜を始め、手つかずで残されていた山林資源の開発が進みます。山地は平地と明確に区分され、平地住民が山地に入るには警察の許可が必要となりました。この時代、日本人の手によって等高線のある地形図が作成され、近代アルピニズムが台湾に持ち込まれましたが、登山はぜいたくな活動であり、一部の限られた人しかできませんでした。
※現在の台湾では、「先住民族」「先住民」ではなく、「原住民族」「原住民」と呼ぶことが一般的です。

台湾檜の原生林-日本植民地時代から1980年代まで、高級材として伐採された
日本の敗戦後、国民党が台湾を統治します。中国大陸との戦争が強く意識されていた1949年から1987年まで、島内の治安維持のため戒厳令が敷かれ、人々の行動を制限していました。山地管制はその1つです。山地はスパイや不法分子が潜伏しかねない場所とされました。登山をするには、3人以上で山岳団体か学校登山部を通じて警察に入山許可申請をし、警察が認定したガイドが引率することが必須でした。2001年に法律の改正があり、団体を通さない申請、ガイド引率なしでも入山許可が得られるようになりました。さらに前述の2019年からの山林開放政策で、山地管制区が大幅に縮小されました。このように徐々に規制緩和は行われてきたものの、日本植民地時代に始まった警察による入山許可制度は、形を変えてまだ台湾に存在しています。

警察が山地管制の一環としてガイド制度を所掌していた1990年代のガイド証
山地管制の緩和に伴い、2000年代から登山者の数が増え、2010年代には山岳遭難の頻発が社会問題となります。ある遭難者の遺族が行政の救助体制の不備を訴えて裁判を起こし、その一審では国家の賠償責任が認められたという事件をきっかけに、2010年代後半、各地方政府が対応の必要性を認識し、遭難者への救助費用請求、GPSの携帯義務、警報発令時の登山禁止、違反した場合の罰則などを含めた条例を次々と制定します。立法院(国会に相当)でも同様の法案が検討されようとしたその時、人々がこれに猛反発をしました。台湾には、オードリー・タン氏がデジタル担当相として整備した「公共政策網路参与平台」(Joinプラットフォーム)があり、誰でもウェブ上で政府に意見を出すことができます。著名な女性登山家、林乙華氏がこれを利用して、政府が登山を規制するべきではない、登山は人々の自己責任の活動であるといった趣旨の意見を申し立てたところ、瞬く間に5,000件を超える賛同が集まり、政府は法による登山規制への反対を無視することはできなくなりました。

Joinプラットフォーム上で登山の規制強化に反発する意見が集まり、政府を動かした
2010年代に増えた山岳遭難をめぐる議論を受けて、ついに2019年、行政院(内閣に相当)は、山林開放政策の実施を発表します。これは入山手続きの簡素化や施設の改善などソフト・ハード面の登山実施環境向上に関する目標3つと、登山者教育、責任所在の明確化に関する目標2つから成り立っています。各目標には、それぞれ具体的な事業計画が対応しており、公開の実施方案にまとめられています。実施方案には、各省庁の分担(国有林管理、国家公園、スポーツ、通信、観光といった様々な部門が参画)、各事業の予算、スケジュールが明確に示され、2023年までに順次実行されました。
山林開放政策発表の直後、初の国家賠償法改正がなされ、「開放された山域、水域等の自然公物内において、管理機関等がその利用に関し適切な警告または標示を行ったにかかわらず、人民が冒険的または危険性を伴う活動に従事した場合、国家が負うべき損害賠償責任を軽減または免除できる」という条項が追加されました。
このように台湾では政府が一連の登山関連政策を実行してきましたが、引き続き山岳遭難や登山者増による環境悪化などの問題はメディアを賑わし、官民様々な主体が、持続可能な登山を求めて取組を行っています。日本人がこれら事例から学べることは多いのではないでしょうか。
*筑波大学大学院山岳科学学位プログラム
筑波大学大学院山岳科学学位プログラムでは、山の地形、地質、水文、気象、動植物の生態といったことだけでなく、森林経済、山岳観光など、人間と山との関わりについても専門的に学ぶことができます。

民営化され、快適性の高い観霧山荘(雪覇国家公園)
登山道法研究会では、これまでに2冊の報告書を刊行しています。こちらは本サイトの電子ブックコーナーで、無料でお読み頂けます。
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ヤマケイ新書 これでいいのか登山道 現状と課題 | 山と溪谷社 (yamakei.co.jp)
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