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山の日レポート

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通信員レポート

『登山と身体の科学』(山本正嘉著 講談社ブルーバックス)を読んで                 久保田賢次(全国山の日協議会広報委員)

2024.08.07

全国山の日協議会

運動生理学から見た合理的な登山術

 『登山の運動生理学とトレーニング学』を始め、以前から山本先生の著書に触れることで様々な知識を頂いて来た。この5月に講談社ブルーバックスの1冊として刊行された本書も意義深く読ませてもらったが、とりわけ「運動生理学から見た合理的な登山術」という副題に魅かれた。私自身、10代後半から登山を趣味として休みなく続け、現在は65歳と高齢者の仲間入りをさせてもらったところである。つい最近まで、何の不安もなく、縦に横にと野山を駆けまわって遊んで来たが、下山時に膝に少し痛みが出たり、速いスピードで登る若い人たちに、どんどん追い抜かれて、やや疎ましく感じたり。「山はゆっくり味わって歩くものだ」などと心の中で嘯いてはみたものの、少し悔しい…。「登山は最高の有酸素運動! 科学的、効率的な登山術とは」というオビの文言にも勇気づけられた。

カバーイラストを見ているだけでも、山に出かけたくなる

ブルーバックスシリーズに入った貴重なラインナップ

 山本先生ご自身も「ブルーバックスには学生時代からお世話になってきました(中略)。今回、それを自分で執筆することになり、たいへん光栄です」と「おわりに」として綴られているが、私もそのことが嬉しかった。1963年に刊行開始されたシリーズ。奥付の後には「科学をあなたのポケットに」という当時の野間省一講談社社長による発刊の意義も語られている。いわゆる文科系の道で、学生時代の学びから人生の大半を過ごして来た私も、幼い頃から植物や昆虫始め自然科学分野への憧れが強く、このシリーズを書棚にそろえて科学への夢を追慕していた。本書がこのシリーズの1冊として、多くの人たちに読まれることを大変嬉しく思う。今は登山に文庫本を携えていく人も少なくなったであろうが、この新書版の本なら、まさにポケットに入れて山に持参できるのではないか。

こうした図も豊富でとても分かりやすい(本書184ページより転載)

「登山はどのような運動か」から、「セルフチェック」まで

 本書には、上手な歩き方、登山者にとっての3大栄養素、熱中症・低体温症、高山病の予防、効率のよいトレーニング方法、などなど沢山の要素が盛り込まれているが、まず概要を把握してもらうために、章立てをご覧頂きたいと思う。第1章 登山とはどのような運動か、第2章 山での疲れにくい歩き方、第3章 山での栄養補給の方法、第4章 環境の影響から身体を守る、第5章 山で起こる身体のトラブルを防ぐ、第6章 体力トレーニングの考え方と方法、第7章 登山計画の立案と身体面の準備、第8章 安全登山の仕組みづくりとセルフチェック。さらに細かく見出しが立てられ、分かりやすい豊富な図で解説されているので実に読みやすい。

コース定数と「分県登山ガイドシリーズ」

 実は本書の内容には、私にとって特別な思い出が含まれている。第8章には「コース定数を用いたセルフチェック」「コース定数を活用したイメージトレーニングとシミュレーショントレーニング」といった項目がある(240~244ページ)。このコース定数という考え方を知った頃、私は山と溪谷社で「分県登山ガイド」というシリーズのリニューアルを担当していた。全国の都道府県の主な山々や登山コースを、地域に精通した登山家の方々が踏査して記すという内容で、長く刊行され続けていた。そこに「コース定数」という新しい概念を掲載させて頂いたのだ。また「日本の日帰り登山コースの負荷様相」というコラム(259ページ)では、「分県登山ガイド」から、2047の日帰り登山コースのタイム設定を分析し、平均値を求めた興味深い結果も記されている。

山本先生発案のコース定数を入れさせて頂いた分県登山ガイドシリーズ

本書が思い出させてくれた二つの夢

 今回、本書を読むことで、私には二つの夢と希望が見えて来た。体はやや疲れてきてはいるが、「科学的な登山術で、心も身体も整えよう!」という言葉から、この素晴らしい登山という趣味を、もう少し続けたいと思ったこと。もうひとつは、5年前の定年退職の際に心に誓ったまま実現できていなかったことだ。「分県登山ガイドシリーズ」に載っている全国各地の未だ見ぬ山々を巡りながら、お世話になった著者の方々を訪ねて、お礼の挨拶させてもらおうというプラン。コロナ禍で出かけることがためらわれるようになった時、それを理由に途上のままにしてあった。こうした夢を思いださせてくれた山本先生と本書に感謝するとともに、皆様にもぜひお勧めしたい。『登山と身体の科学』をポケットに山に出かけませんか。

定数を入れることで、コースが選びやすくなった(分県登山ガイドより転載)

【著者プロフィール】

(本書および講談社ホームページより抜粋引用させて頂きました)】
 山本正嘉(やまもとまさよし)1957年、横須賀市生まれ。東京大学教育学部で運動生理学を専攻。博士(教育学)。鹿屋体育大学名教授。体育大学で40年にわたり、アスリートの競技力向上を目的とした研究と実践を行う。中学生の時に登山を始め、日高山脈の単独無補給全山縦走、シブリン北稜の初登攀、アコンカグア南壁のアルパインスタイル登攀、チョーオユーの無酸素登攀、ムスターグアタの低酸素トレーニングを活用した短期登攀などをおこなってきた。2001年に登山の運動生理学とトレーニング学に関する研究と啓発運動に対して秩父宮記念山岳賞を受賞。主著の『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局)は韓国、台湾で翻訳されている。

【製品情報】
発売日:2024年5月16日、定価:本体1,100円、判型:新書版、ページ数:272ページ、シリーズ:講談社ブルーバックス
『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(山本 正嘉):ブルーバックス|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)

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