閉じる

ホーム

  •   
  •   

閉じる

山の日レポート

山の日レポート

自然がライフワーク

何もないを生かす・・・故郷で『エコ登山』を展開する その2

2024.04.01

全国山の日協議会

『新しい登山形式の試みと将来ビジョン 』 一般社団法人南信州山岳文化伝統の会 大蔵喜福

なぜ始めたか?『エコとレンタルテント』

 以前から温めていたことに、ヒマラヤやデナリ登山での経験から北米のような『世界水準の‟エコ登山”を南アルプス南部で実践できないか、その活動を世界に発信し、サステナブル登山のメッカとしたい』という夢がある。登山口から稜線の小屋まで、特に信州側遠山郷エリアには人工物は一つもないという環境だったからだ。そこには三つの百名山、赤石岳、聖岳、光岳が座す。国立公園に指定されて半世紀余り、さらに'08年には中央構造線エリアとして日本ジオパークに、'14年にはユネスコエコパークに指定され、'18年には過去市道として利用されていた遠山森林鉄道軌道敷跡が森林学会の林業遺産に認定されるなど、近年その大自然は広く注目され始めていた。
  

面平レンタルテント・キャンプ場

大自然を学び知る事を体験してもらいたい

 遠山郷側は何もないが、エリアと定める聖岳から上河内岳、茶臼岳、易老岳、光岳の稜線周辺には聖平小屋、茶臼小屋に光岳小屋という静岡県と民間の営業小屋がある。アプローチから静岡県側の山小屋までの登行距離・時間と標高差は、営業小屋のひしめく北アとは歴然の差である。人工物もひと気もない長く単調な登山口までのアプローチは傾斜がなく、登山口の標高は数百mから1000mと低く、その後の稜線までの高度差が1400m以上と、一日の高度差とすれば、とても強靭な体力でないとたどり着かない相談である。聖岳を例にとれば頂きまで2000mも登らなければならない。だが、そこには氷河期のレリック(遺物)、ライチョウやハイマツ、高山植物の群生するお花畑と原生林生い茂る深い森、幽谷、様々な動物、鳥、蝶や虫が息づく素晴らしい大自然が展開されているのである。
 この自然を守ると同時に、今まで登れなかった高齢者や子供たちを含む多くの愛好家に“見て、聞いて、嗅いで、触って”大自然を学び知る事を体験してもらいたいという思いが、行動と共に湧き上がってきた。

ライチョウ(仁田池)が顔を出す

人の力で自然再生を図る努力

 自然はヒトが入らないと荒れ、食物連鎖が正常に働かないところは、動植物のバランスが崩れ、何か一つ欠けただけで絶滅の連鎖が起き、大自然は瓦解に向かう。南ア南部では現在、シカの食害が顕著で高山植物は瀕死の状態にある。そのためにシカ柵で植物を保護する(例:奥聖岳、聖平、薊畑)、裸地いおける椰子網での土壌保護、植生環境保持など、人の力で自然再生を図る努力が連綿と続けられていることも知ってほしいのである。柵内では高山植物が確実に蘇っている。国内におけるライチョウの存続維持、縄張り死守も人の多大なる努力の結果、絶滅を免れている素晴らしい実態もある(例:中アや南ア北岳のライチョウ夜間檻保護)。

聖平のシカ柵、柵の中は植生が蘇っている。本年やっと光岳小屋周辺にシカ柵の設置準備が完了、この7月から実践する。

山は自然の母、自然教育には登山がなにものにも勝る

 特にこれからの人類を背負っていく子供たちにはなおさらのこと、ヒトも自然の一部という普遍性を理解し、仲間としての自然界の生き物を尊重し、助け合わなければ、未来の人類が生き延びる方法はないであろう。自然とヒトの乖離を払しょくし、地球温暖化による氷河消滅、洪水、山火事、砂漠化、凍土溶解など二酸化炭素諸問題、複雑怪奇な新型コロナウィルス問題など、人類がヒトの快適の為だけに自然界をいじめてきた歴史を学びその反省に立って、病んでいる地球を救えるヒトになってほしいと願うのは、人類共通の思いである。自然教育には登山がなにものにも勝ると考える。山は自然の母、地球の造山運動がなければ川も生まれないし海も出来ていない。現在の義務教育には自然の歴史をしっかり教えるカリキュラムがないことも危惧する。

オコジョ(三吉平)が顔を出す

登山者は自然界の代弁者・理解者・保護者

 南ア南部の特徴に大森林に覆われた山という表現がある。遠山郷は過去、大正から昭和にかけての一時代、大財閥などの資本に翻弄され、村の共有林が皆伐の憂き目にも合うが、1500m以上の山腹(現国有林)には、今でも幹周囲4~5mもある原生林ヒノキ、サワラ、クロベ(ネズコ)、ナラ、モミが林立する。この原生自然とライチョウ、多くの固有種を含む高山植物など氷河期のレリックを含む大自然を保全し次世代に残す活動は、人と自然界が近い将来の共生を模索するのに欠かせないものであり、登山者は自然界の代弁者・理解者・保護者としてのその使命を果たさねばならない。

面平は標高1500m、巨木生きる原生の森。最大級は胸高周囲4~5mのサワラ、杉、ヒノキ

人の出すゴミ(排せつ物)の持ち帰りを徹底

 そういった意味でも、このエリアでの“エコ登山”は『何もないを生かすという逆転の発想』から、小屋の代わりに国や自治体から借地した場所に『レンタルテントによる期間限定の常設テント場』を実現し、無理なく安全に登山ができるように考えた。これは現代ヒマラヤ登山の上部テントをシェアする方法からきている。また排せつ物はテントブースを用いた携帯トイレでの持ち帰りを徹底させることで、人の出すゴミ(排せつ物)による自然への直接的な影響から動植物を守ることの大切さを学べる。わざわざ持って下るという行為は、自然に対する礼儀と共に、意識を変えるという大義があるからだ。人の持つ病原菌等が自然界にどう影響を与えるかいまだわからないことも多いからである。特に我が国の登山者は、温暖な気候の上植生が豊富な南アなら何処でも、排せつ物は自然が浄化してくれると思い込んでいるからだ。

携帯トイレブーステント(排せつ物も自分のゴミ、持って下りるのが決まり)

自然への負荷を軽減

 多くの時間を土地を借りる算段に費やし、レンタルテント等の装備をそろえる資金の捻出に行政からの助成金をお願いし、約半年で光岳への面平、1年で聖岳への西沢渡と、2か所のレンタルテント・キャンプ場が完成した。地元の関係者、特に南信州観光公社の努力を惜しまない協力には大いに感謝している。また、多くの専門家にファムトリップに参加してもらい、評価してもらった。この新機軸の登山方法は大評判となり、地元の新聞、テレビで大きく取り上げられ、地元にも私の考えが浸透してきた。
 こうした発想により大きな費用をかけずに、必要な場所に設置されたテントを登山者がかわるがわる使用することで、それぞれが持ち込む負担をなくし、自然への負荷も軽減できるという一石二鳥も生まれる。登山者は個人装備以外、必要な水と食料そして燃料のガスカートリッジ、携帯トイレと寝袋を持参するだけでいい。誰でもが楽で安心な登山が可能になり、今まで諦めていたこの山々に高齢者や子供たちの手が届くようになったといえる。コロナ化にも関わらず、22年度から登山者はうなぎのぼり、23年度は最低の時の7倍、6,000人を超えた。

マットを敷き詰めた快適なテントと付属の調理具(必要な方は申し出てください)

注)

テント場は年間約7カ月常設で5月上旬から11月下旬まで。①易老岳経由の光岳コース;易老渡より易老尾根の下部、面平 ②聖岳コース;西沢渡を渡り右へ東沢よりの旧営林署造林宿舎跡地 ①②共に3人用テント10張り、スタッフテント3張り。各テント付属品;大型前室付きフライシート、テントマット&40㎜厚ウレタン全面敷、ガスストーブ&クッカーセット+フライパン、ストーブ台
※①は市有地を借地、②は国有林を借地 いずれも特別許可にて(一社)南信州山岳文化伝統の会が借り、管理する特別レンタルテント・キャンプ場。登山者が持ち込みのテントを張ることはできない。レンタルテントの利用のみ。
※面平レンタルテント・キャンプ場。問合せは(一社)南信州山岳文化伝統の会のメールへ。https://www.mstb.jp/sangakubunka/

付属の調理用具



RELATED

関連記事など