山の日レポート
自然がライフワーク
【連載】地図(地形図)についての雑記帳 その16 ~スイス編(2)~
2022.07.21
スイスの秋は天候が落ち着かないが、数日後、ようやくめぐってきた晴れの日に、町の背後に連なる山道を登っていった。
地図によれば、ブリエンツの標高はおよそ570メートル、山頂近くのベルグの小屋があるあたりは約2000メートルだから、のんびり歩いても昼頃にはつけるだろう。この斜面には夏は観光客向けの軽便鉄道が、冬はスキーリフトが営業するのだが、どちらも今は休業中だ。
道は簡易舗装されていて、ハイキングコースとしての道標もあるが、本来はウシを移動させるためのもののようで、ところどころにはウシの水飲み場が設けられている。
針葉樹林を抜けて草原帯に出ると、そこここに牛舎をともなう小さな小屋がみられるようになる。アルプ帯に入ってきたのだろう。ただそれらの小屋や牛舎のほとんどは、かなり長いこと使われていないようだ。
眼下のブリエンツ湖畔の集落や周囲の山々の名前を、地図と照らし合わせて確認しながら、標高2,000メートルあたりまで登ると、真新しいひときわ大きな牛舎と、スキーリフトの終点の施設が近づき、私は道を外れて草原をまっすぐ上り詰めていった。
どうせ誰もいないだろうと思っていたのだが、リフトの終点に据えてあるベンチで、中年の夫婦がランチを広げていた。むこうも意外だったようで、どこから来たんだ、トゥ―リストか、と声をかけてきた。簡単に自己紹介をし、あなたたちはどこから、と聞き返すと、私たちはブリエンツの住民だよ、小さなホテルを持っているんだが、今は休業中だし、天気がいいとここへきてのんびりするのさ、という返事が返ってきた。
なんだ、ウシは飼っていないのか、と冗談半分言ってみると、親父は30頭くらい飼っていたよ、俺の子供のころには、この近くにもうちの小屋と牛舎があったんだが、20年くらい前に手放した。このあたりではそういうケースが多いよ。今、ウシを飼っている家はだいぶ減ったけれど、一軒あたりの飼育頭数は増えたから、全体の頭数はそんなに減っていないだろうね、とのことだ。
「じゃ、夏の間はここでチーズつくりもするのかしら」、「いや、もうやっていないね。そこに見える大きな牛舎のところまで、朝夕2回トラックが来て、ミルクを町のチーズ工場まで運ぶ。そのほうが効率がいいからね。
だいたいこのへんでは、ウシは夏はまとめてここの牛舎に連れてくるんだが、世話をしてるのは、夏の間、東欧のどこかから来る出稼ぎ労働者だよ。安くつくし、このあたりの若い者は、そういう仕事はしたがらないからね」。
バレンベルグで聞いた話は、どうやらいわゆる「伝統的な」牧畜の話だったようで、わざわざ日本の博物館から来た私に現状をそのまま話すのは、気の毒だと思ったのかもしれない。
近代的な牧畜経営の波は、容赦なく押し寄せている。
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