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山の日レポート

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自然がライフワーク

【連載】地図(地形図)についての雑記帳 その15 ~スイス編(1)~

2022.07.11

全国山の日協議会

 20歳すぎから50歳代のおわりごろまでは、毎年のように数か月間は国外へ出ていたから、世界中を知っているように思われることもあったが、私は西アジア、南北アメリカやオセアニアには足を踏み入れたことがない。ヨーロッパの経験も乏しいのだが、そのなかで多少知っているのはスイスだ。
 ヒマラヤとの対比で、アルプスの移牧に興味があった。チャンスが訪れたのは野外博物館リトルワールドの開設準備スタッフとして勤務していた1979年秋である。
 ヨーロッパでは多くの国で、その国の各地方の伝統的な建築物などを一か所に集めて復元、展示する野外博物館が整備されているが、スイスの代表的なそれは中部の小都市ブリエンツにあるバレンベルグ博物館らしい。
 アルプスの民族誌についての予備知識も、また研究者の人脈にも乏しい私としては、東京のスイス政府観光局事務所でもらった紹介状を頼りにまずそこを訪ねて、この地方の牧畜のありかたについて聞き取りをするとともに、資料収集の相談もすることにした。

ブリエンツ町と湖(1979年)

PDF:brienz 2


バレンベルグ博物館

 スイスに着いてびっくりしたのは、観光に関するオフとオンの差がこんなにはっきりしているのか、ということだった。10月は完全なオフシーズンで、ブリエンツの町にも、ホテルはたくさんあるのだが、どれも休業中、かろうじていわゆるB&B(ベッド アンド ブレックファースト)が一軒だけ開いている。
 レストランや土産物屋もすべて閉店中だ。地方によっては博物館や美術館も閉まっていると聞いたが、幸いバレンベルグは開業していた。
 B&Bにチェックインし、主人に近くに本屋がないか尋ねると、
「この町には本屋らしい本屋はないよ。小中学校の教科書を扱ってる店はあるけれど」という返事が返ってきた。
「このあたりの地図が欲しいんだけれど」
「なんだ、それなら駅のキオスクにいけばいい」。

Brienz 市街図(キオスクで購入した2万5千分の1の地形図より)

 さっそく出かけてみると、たしかにこの地方の5万分の1と2万5千分の1の地形図がそろっている。観光客だけでなく、市民の間にもこの種の地図が定着していることがうかがわれた。
 購入したのはベルナーオーバーランド(5万分の1)とブリエンツ(2万5千分の1)、どちらも多色刷りで、見やすいように工夫したグラディエーションが施された、見事なものだ。
 「ネパールヒマラヤ調査」プロジェクトの地図の原型はこういうものだったのか、と納得した。値段も5スイスフランほどと、てごろである。ただ、日本の地形図に記載されているような各種施設の記号や、欄外に記されているその記号の説明などがまったくないのが気になった。

ベルナーオーバーランド(5万分の1)

ブリエンツ(2万5千分の1)

 バレンベルグのスタッフからは、このあたりでは、ウシは雪が降り始める晩秋から春までは、谷沿いにある村(ドルフ)で過ごし、初夏には山の森林限界のすぐ上の草地(アルプ)に、夏にはさらに高地の高山性草原(ベルグ)に移動する。
 そこではチーズやバターをつくり、ベルグではウシの出産も済ませて、秋の終わりにドルフに戻る。そのときは夏のあいだに生まれた子牛や、作ったチーズを運び降ろすお祭りで、すべての家がウシを飾り立て、カウベルを響かせながら降りてくるのだけれど、残念ながらそれを見るには1週間ほど来るのが遅かったね、と言われた。

 どうやらスイスの移牧のありかたは、私がネパールで見てきた形とおおむね同じようなのだが、ウシはいなくとも、現場でアルプやベルグの施設を見てみることにしよう。
             (つづく)

カウベルを響かせながら放牧から帰る牛たち(スイス政府観光局HPより)

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