山の日レポート
自然がライフワーク
【連載】地図(地形図)についての雑記帳 その14 ~バングラデシュ編(2)~
2022.07.01
前編(1)に続き、南アジアの定期市調査プロジェクトの一環としてバングラデシュで調査した際の話です。
調査地域一帯は見渡す限りの平原で、そのほとんどが水田やジュート(黄麻)、カラシナなどの畑となっており、山や丘など、視界を遮るものはなにもないのだが、それなら全く平坦かといえば、必ずしもそうでもない。
川の流れは網の目のように分かれ、そこに運河も加わって、いたるところに水路があるが、その両側は水面から数メートルの高さの堤になっているし、家々の多くはやはり耕地とは数メートルの差がある微高地のうえに立地しているが、それはどうやら洪水対策として、周辺から掘り上げた土を積んだもので、そのときできた窪地が池になっていて、そこは日常の生活用水の汲み場や水浴場、養魚地などとして利用されている。これは乾季の景観だが、雨期にはおそらく耕地の大部分は水面下に没するのだろう。
ただそういった高低の差は、地図からは読みとれない。インド測量局のマイル・インチ縮尺の地形図では、等高線の間隔は100フィート、すなわち約30メートルだが、ミルザプールのマイル・インチの地図がカバーする範囲には、それだけの標高差がないから、等高線自体が記載されていないのだ。
市が立つ日には、市場には周辺の村々から、普段はどこにいたのだろうと首をかしげてしまうほど多くの人々が集まってくる。ただイスラム教徒が人口の約90%を占めるこの国では、子供とかなりの高齢者をのぞけば、市に来るのは、買い手も売り手もほとんどが男性である。
売り手には、ネパールの場合と同様、近くの村に住み、自分の畑で作った野菜などを持ち込む農民と、さまざまな雑貨、加工食品、布などを町で仕入れ、毎日のように定期市を回ってゆく行商人、それに仕立屋、鍛冶屋、床屋といった、やはり複数の市を回ってサービスを行う職人とがいるのだが、ここでは地域の人口密度が高く、市の分布も密なだけに、移動距離はそれほど大きいわけではない。だから人々は徒歩かせいぜい自転車で往来する。ただ雨期になれば、それはけっこうたいへんなことではないか。
だがある行商人によれば「いや、そうでもないよ。ここいらでは雨期になったらどこへでもディンギー(底の浅い小舟)で行けるようになるから、重いものを運ぶにはかえってつごうがいいのさ」ということらしい。たとえば飲料水の汲み置き、穀物などの保存、調理などに今も日常的に使われている、重くて壊れやすい土器の流通は、主に雨期になされるのだそうだ。
ある日、そんな池の水をポンプで吸い上げ、田に入れているのを見た。田植えの準備が始まったのだ。水を抜かれた池の底には小魚や川エビが跳ねまわり、子供たちが大騒ぎしながらバケツで追いまわしている。
村人によれば、これは年に一度の楽しみなのだそうだ。それにしても、全部捕ってしまったら来年はどうなるのか。「なに、河が溢れて水が流れ込み、そのとき魚も入ってくるのさ。もっとも水量が多すぎれば洪水になるけれどね」。
洪水はこの地域では降雨時に起きるとは限らない。雨期が終わり、晴天が続くようになったころ、急に河の水位が上がる、ということもよくあるのだそうだ。
上流のヒマラヤに降った雨水が、数週間かけて流れ下ってくるのだという。なにしろこのあたりの河川の水は、ネパール、インドを経て流れてくるのだ。
今ならそういった情報も、スマートフォン経由ですぐ伝わるのだろうが、当時は村にテレビは数台、ラジオを持つ家も少なかったから、気がついたらあたり一面が水で、身一つで逃げるのが精いっぱいだった、そう語る人もいた。
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