山の日レポート
自然がライフワーク
【連載:西表島と私 その4】目を引く植物 「植物相の垂直方向への変化」
2022.05.15
「西表島には蔓(ツル)の直径が30センチにもなる豆の木があり、長さが1メートルもある莢をつける」。あるいは「襖のように平べったい根をつける木があって、昔はそれを舟の梶に使った」と私が言ったら、どれだけの人が信じてくれるだろうか。
前者はコウシュンモダマと言って、屋久島を北限とするマメ科の蔓性の木である。「ジャックと豆の木」を彷彿させる。
後者はサキシマスオウノキで、根が板状に広がり不安定な湿地で巨体を支えている。
その他、果実を直接幹に付けるギランイヌビワ、野生のヤシであるヤエヤマヤシ、ニッパヤシなど、季節に関係なく興味を誘うのは花や木である。西表島の植物相が本州・四国・九州と違うことはもちろんだが、琉球列島の中でも沖縄島などと多少異なり、台湾やフィリピンの植物相に似ている。
サンゴ礁を背にして、真っ白な砂浜に立ってみよう。満潮時でも潮が届かない海岸の奥に草原が広がっている。砂丘上に発達した「お花畑」だ。ひときわ目立つのがアサガオに似た紅紫色の花、グンバイヒルガオである。多肉化した葉は中央にくびれがあって「軍配」の形をしている。
シートを広げたような群落を作っているササはクロイワザサ、絡まった針金みたいな植物はスナズルだ。これらの間隙から這い出るように咲いているのがオオハマグルマ、ハマゴウ、シロバナミヤコグサ、ハマナタマメ、ハマササゲといった海岸植物だ。後方にはモンパノキ、クサトベラといった低木が繁茂し、海岸林の前衛を成している。
さらに後方はアダン、オオハマボウ、ハスノハギリが茂る海岸林である。こういった場所に湿地林はなく、そのまま後方の山地林へ移行していく。
干潮時には干潟となるような湾の奥や、大きな川の河口にはマングローブ*が発達する。満潮時には海水に浸り、干潮時には外気にさらされる塩沼地に出来た森林である。とくに大潮の満潮時は樹冠の一部も水面下に没してしまうので、さながら「浮かべる森」といった感じだ。7~8月の新月では干満の差が約2メートルにもなる。
*写真のような海岸で海水に耐えうる樹木が集まってつくる樹林
マングローブの奥は湿地林である。大きな板根を付けるサキシマスオウノキ、パイナップルに良く似た果実をつけるアダン、それにサガリバナなどが主な樹種だ。サガリバナの開花は6月下旬から約1ヵ月。川面に落ちたピンク色の花は、いやがうえにも「旅情」をかき立ててくれる。川のマングローブに接する部分はつねに深い。そのため、沢歩きをする時は、マングローブと湿地林との境界を辿ることが基本だ。
湿地林をぬけ、さらに進んで行くと、ヒカゲヘゴやヒリュウシダが茂る山地林低部に変わる。突然、恐竜が顔を出しそうな雰囲気だ。木から木へと蔓植物が渡り、地上からは若木が針山のごとく表土を覆う。林内は相当歩きにくく見える。
西表島には「秘境」とか「原始の島」といった形容がよく使われるが、その言葉を実感するのはこのあたりだろう。
山地原生林と呼ばれる所は、オキナワジイやオキナワウラジロガシを主とした常緑広葉樹林である。昔は、このタイプの森が西表島の森林の7割を占めていた。オキナワウラジロガシは小さめの鶏卵くらいになるドングリをつける。これらの実はイノシシの重要な食べ物となっている。
西表島の山というと、一歩も踏み込めないような森林を想像する人が多いようだ。しかし、それは林縁部や人の手が加わった林のことで、奥地の森林はあんがい歩きやすい。樹冠がうっぺいしてじゅうぶんな光が入らず、林床には限られた植物しか生育できないからである。ただし、見通しが効かないから方向が定まらない。
テドウ山、古見岳、御座岳など標高400メートルを超す稜線や山頂部は、リュウキュウチクに被われている。台風や冬の季節風の影響が強く、高木が生育しにくい環境になっている。日本では西表島と石垣島だけに自生する多年性のシダであるヤブレガサウラボシも似たような環境で育つ。
西表島では、古くから島民が山へ分け入り、建築・舟材となる有用樹種を伐採してきた。そのため、イヌマキ、オガタマノキ、フクギ、イジュ、コクタンなどの大木は、今ではほとんど見られなくなってしまった。また、かつてパルプ材を目的とした企業伐採があり、崎山半島全域、白浜周辺から仲良川沿い、浦内川下流の森林が皆伐された歴史がある。
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