
山の日レポート
通信員レポート
ネパール・中国で発生した大規模土石流災害 現地レポート 7
2026.10.14
2026年10月4日
マハラジャン、ケシャブ・ラル
地域農林経済学会副会長
レスキューから復旧・復帰へ
ネパールや中国で起きた大規模な土石流災害から一か月以上経った今、人命救助中心のレスキュー活動は復旧・復帰活動に切り替えられた。最初は外国からの支援を受けない方針だった政府も、事態の深刻さを理解した時点で方針を変更し、多くの友好国から支援物資やレスキュー隊、DNAや法医学技術支援を受けた(表1参照)。多くの自国民が犠牲になったインド、中国、韓国などからもレスキュー救援隊が派遣された。ネパールでは、遺体管理施設の不足のため、多くの遺体を林の中で埋め、管理することになり、DNAや法医学技術の支援も受けた。水力発電所のトンネル内救援では、オーストラリアの専門家からオンラインで指導を受けた。この専門家は2025年のインド・ウッタラカンド州でのチョモリ災害でも発電所トンネル救援に活躍した方のようである。

表1:大災害初期における国際支援
今回ネパール政府は寄付金受付において「ワンドアーポリシー」で窓口を一本化し、内外からの全ての寄付の受付は「首相の災害救援基金」に集約化されている。そのため、いくつかの銀行に口座が開設され、オンライン、QRコードを利用して簡単に寄付できるようになっている。9月30日の時点でその金額は126億ネパールルピーと2700万米ドル、併せて162憶ネパールルピーに達している。ネパールルピーは国内で個人、法人、各種団体からの寄付で、今までなかった金額が集まっている。ある年配の女性の方は一人で1000万以上のネパールルピーを寄付している。米ドルは外国から送金された寄付で、海外在住のネパール人・各種団体、ネパールと何らかの関係を持っている人・団体、その他心のある方々からの寄付である。中にはNVIDIAのCEOのように多額の個人寄付もあった。現在もこの方法で寄付金を受付しているからこの金額はこれからも増えると思われる。個人的にもそうなるように祈願する。
外国からの支援にも変化が生じている。従来ならそのような支援は国から国へあるいは、日本がユニセフ協会を通して支援を送ったように国連機関、赤十字、NGOを通じての支援が主だったが、今回はインドパンジャーブ州のように、州財界のサポートで州政府が直接支援物資を送っている。これはネパールも民主主義連邦制共和国になった国家制度の変容によるものだろうかと想像する。
余談になるが、ネパールは大家族制の社会である。今日においてもそれは理想とされ状況が許す限り2-3世代の家族が一緒に住み、一つの「かまど」から食をとり、共通の「財布」を設け各自の収入に比例して財布に貢献し、家族の日常の歳出には差を付けない。社会における貢献は、家父長、一番年配の男性、時には上の世代の一番年配の女性の名で行われる。多くの施し、巡礼、宗教行事のスポンサー、お寺・各種寺院、公共施設などの建設・維持管理における寄付行為などもそのように行われる。このような慈善行為はご利益があるようにとなくなった先祖の名前で実施されることが多い。年配の女性の名で公的寄付が行われるのはあまり慣習的ではなかった。今回は個人寄付では上位に来るぐらい年配の女性が寄付をしている。また、金額が少ないが寄付している女性が相当数あるようである。このことはネパール社会に起きているいくつかの変化を示唆しているように思われる。
女性で政府職員や各種サラリーウーマン、企業人になる人が増え、一人で社会に立てるようになったこと、核家族化が進んだこと、未婚や離婚の人が増えたこと、女性の平均寿命が延びていること、高齢化が進んでいること、特に男性の海外出稼ぎが増え、家には女性が多く残されるようになったことなどがあると思われる。これはひとえに近代化の影響だろうが、多民族国家で民主主義連邦制共和国ネパールの憲法に明記されている「全ての差異をなくし包摂的社会、男女平等参加社会を作る」ことの実現への一歩を示しているかもしれない。
首相の災害救援基金に集まった寄付金のうち10億ネパールルピーは、国家災害リスク削減管理庁を通じて被災者の復帰・復旧に使われているようだ。それは主に避難所やホールディングセンターにいる被災者がそこを出て、自分で借家などの住居を探して生活したい人たちへの支援に使われているようである。その金額は4人家族の場合1か月15,000ネパールルピーで、家族が1人増えるごとに2,000ネパールルピーを追加して支給されると言われている。現時点で、この住居支援がいつまで続くかははっきりしていない。避難所も徐々に閉鎖されるようで、政府の発表によれば38か所あるホールディングセンターも17か所に減ったようである。この支援を活用して社会に復帰しようとする被災者が大勢いることが想像される。
世界遺産であるスワヤンブ仏教寺院の周りにある大小のチベット仏教寺院をはじめ、カトマンズにも5〜6か所にホールディングセンターがあり、ラスワ郡の被災者が住んでいる。ラスワはチベット仏教徒のタマン民族が多く住むところで、チベット仏教寺院がホールディングセンターとして彼らを受け入れるのは自然な流れとして理解されよう。ホールディングセンターは、政府からの食料品などの配給、信者の支援、各種団体や個人の寄付などによって運営される。もちろん、受け入れる寺院・施設の慈善活動なのでかなりの出費もあることは容易に理解される。ここのホールディングセンターについて、簡単な聞き取りを行い、次回報告したいと考えている。

写真1:世界遺産のソヤンブ寺院
住居支援を受け、避難所やホールディングセンターを出て、多くを失いながらも自ら社会に入り込み、地道に努力して復帰しようとする人たちには幸運あれ。ぜひやり直しに成功してほしいと思う。政府も破壊されたインフラの整備に力を入れていて、送電網はなんとか回復し、電気も届くようになったようである。携帯電話の電波も一応問題なさそうだ。交通網の整備においても道路局が一所懸命仕事していて、ガルチからベトラワティまでの壊れた橋は全部ベイリー橋でつなぎ、川原化した道路も車が通れるようにした。そして、ベトラワティからラスワガディまで、あと二ヶ月で同じように車が通れるように整備したいと道路局の職員は意気込んでいる。国の主要道路で多くの投資がされており、中国との貿易のルートでもあって、カイラス山やゴサインクンダ巡礼、ランタンリルンなどのヒマラヤ登山・トレッキングルートでもあるので、この道路の整備は地域だけでなく国全体の復興にもつながるだろう。ある水力発電所の株主の知人に被害や今後の見通しを聞いたところ、「今回の被害は大変痛いところだけれど、政府が道路網を整備してくれさえすれば元通りに発電できて、数年で今の損失を取り戻せる」と言っていた。また、ラスワ支店が流され、5人の従業員が行方不明になっている銀行のパタン支店長は、「従業員をはじめ多くの損害はあったけれど、これは仕方がなく適切に対応するしかない。そして復興経済に期待し、銀行としてラスワの活性化に貢献していきたい」と話している。今後の復興においては、現Z世代の政府に期待したい。
今回亡くなった人の多くは現地で水力発電所、道路建設、商業施設の経営、貿易会社、運送会社、観光業等で働く経済人口で青壮年の男性である。彼らは言ってみれば、国・社会の振興において不可欠な人的資本で、一家を支える大黒柱でもある。この喪失は、社会にとっても、国にとっても、各家族にとっても非常に大きな損失であると理解されよう。彼らのような人材を育成するのは時間がかかり、容易ではなかろう。このように亡くなったり、行方不明になったりした方々の残された家族はこれからどうやって生活していくのか大きな課題であると言える。なかには、老婆だけが残っている、あるいは子女だけが残っている家族も結構の数がいるに違いない。このような家族はホールディングセンターをなかなか出られないだろうし、出ても途方に暮れるだろう。子供たちの場合、今後の教育・育成の課題も大きいだろう。その意味では被災者への所得補償、死者への補償、義援金、学校教育、精神的支援等々は全てこれからとなるだろう。Z世代政府はこれらの問題に対応するには経済的支援だけではなく、法整備、地域社会づくりなどについても緊急対応すべきだろう。
2015年の大地震の際、避難所、ホールディングセンターの子女をいくばくかの金品で誘惑し、内臓・人身売買の対象とされるケースもあったようなので今回もこの点について特に気を付け、事前防止策をとらなければならない。関係者各位にこのことを強く望む。

写真2:パタンの町から見えたヒマラヤ山脈
RELATED
関連記事など