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山の日からのお知らせ

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EVENT

【コレクション+】浅間ときどき富士 ―ゆかりの品と山辺の風景  【企画展】浅間山をトレース― 島 州一 展のご案内

2026.06.18

全国山の日協議会

佐久市立近代美術館 「山の日」制定10年記念企画

2016年に8月11日が「山の日」として国民の祝日になってから10年を迎えます。
信州佐久の地から、山に親しみ、山の恩恵に感謝するこの祝日の10年を記念して山にちなんだ展覧会を開催します。

会期:2026年07月18日(土)~2026年08月30日(日)
会場:佐久市立近代美術館 油井一二記念館
主催:佐久市・佐久市教育委員会

【コレクション+】浅間ときどき富士―ゆかりの品と山辺の風景

浅間山は、標高2,568メートル、東西約15キロメートル、南北に約30キロメートルの広がりをもつそうです。簡単に測りようがないその圧倒的な質量は、この地であればどこに身を置いても実感できます。逆すり鉢状をしてゆったり構えた姿は、揺るぎのない「静」のイメージがあります。しかし活火山である浅間山は、近年では2019年8月7日にごく小規模ながら水蒸気噴火を記録(註1)しており、常時白く上がる噴煙は、絶え間ない地球の脈動を伝えているようで、「動」のイメージをあわせもっています。
私たちは、いつの時代からか常に浅間山の姿と噴出する煙を道標として生活していました。それは、大地の痕跡や、先人が紙に託した絵や文字として、記録に残っていますから、この地に暮らす人の形成に影響を与えているに違いありません。
本展では、美術などの文化と浅間山の関係を、当美術館のコレクションや、浅間山の記録などゆかりの品を交えて紹介します。私たちの体の中に刻まれた記憶を呼び覚ましながら、浅間山を心ゆくまでご観覧ください。

参考文献:堤隆『浅間山』(浅間縄文ミュージアム・2004)
(註1):気象庁『浅間山 有史以降の火山活動』(気象庁ウェブサイトURL https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/306_Asamayama/306_history.html・2026/3/22 閲覧)

【企画展】浅間山をトレース― 島 州一 展

1993 年、東京から長野県小諸市に、翌年長野県東部町(現東御市)に移住した美術家島州一(しまくにいち・1935-2018)は、長野県境に連なる山々の南斜面の集落の中に居を構え、日々生活を重ねていきました。そこから南に広がる大パノラマを眺めると、左後方に噴煙を上げる浅間山がありました。
――私とこの土地を密着させるためのアイコン探しに10年は軽く過ぎたが、探求を続けるうちに浅間山がクローズアップされ私の意識を独占した――(註2)
そう書いている島は、浅間山に魅了されたといって良いでしょう。2006年に浅間山をモチーフにした「ASAMAシリーズ」の制作、そして翌年の2007年より自らが日常着用しているシャツをトレースした作品《Tracing-Shirt》の制作を開始しました。
トレースは対象をなぞって写し取る技法ですが、情報過多の時代に対応する手段として1987 年から島が行っていた表現手法のひとつでもあります。島は次のように書いています。「有り余る情報を任意にすくい取ってつくり直し、様々な異なる次元の情報を自分の網目でふるい直してパロディ化してみることも出来る。それは第二の自然である。すなわち情報の確認のために対象をつくり直して表現するパロディ用法である。」(註3)
この地での定住とこの地の象徴としてとらえた浅間山をモチーフとすることを、同意義的に行おうとしたとき、島のシャツが、トレースという情報確認の表現手法によって浅間山に見立てられ、《Tracing-Shirt》が制作されました。制作が困難になる2017年まで続けられたこのライフワークは、実に236点に及びました。
本展では、東御での晩年の25年で、浅間に魅了され、浅間山のトレースを10年以上も続けた島州一の代表作《Tracing-Shirt》を大々的に紹介します。

(註2) :島州一「『原寸の美学』Finger PrintからTraiceへ 1980→2011」(『島州一展「原寸の美学」プレスリリース』市立小諸高原美術館、2011年)
(註3):島州一「言語の誕生」(『武蔵野美術大学研究紀要35号』武蔵野美術大学、2004年)

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