閉じる

ホーム

  •   
  •   

閉じる

アンバサダー

アンバサダー

応援メッセージ

登山は温故知新

2021.08.08

山の日アンバサダー
登山家
花谷泰広

山梨県北杜市と長野県伊那市にまたがる甲斐駒ヶ岳。登山者のバイブルでもある「日本百名山」において、著者である深田久弥はその名峰ぶりを「もし日本の十名山を選べと言われたとしても、私はこの山を落とさないだろう」と絶賛している。
そんな甲斐駒ヶ岳は、1816年に小尾権三郎によって開山された。その開山ルートが黒戸尾根である。いまでは日本三大急登と呼ばれるその尾根は、登山口である尾白川渓谷から頂上までの標高差は2200mを有し、日本屈指の尾根道としてその存在を知られている。
この尾根上にただ一軒、山小屋が存在する。小屋の名前は甲斐駒ヶ岳七丈小屋。麓から標高差1600m登ったところにある小さな山小屋だ。現在は山梨県北杜市の公共施設として存在するこの山小屋を、2017年から指定管理者として管理運営に携わることになった。山小屋を運営することになるなど想像もしていなかっただけに、人生何が起こるか分からないものだ。
しかし私の目的は、山小屋を運営することだけではない。山小屋を運営することを通して、この土地の魅力あふれる山々を、より多くの人々に伝えていきたいと思ったからだ。
そして私自身が魅力のひとつに感じていることが、かつては人が通った古道をめぐることである。

古道をめぐる

日本の山ほぼ全てに当てはまることではあるが、かつては山中に、今よりもっと多くの道が存在した。甲斐駒ヶ岳とその周辺の山々も例外ではなく、古地図や文献などを通して調査し、時間を見つけては踏査に出かけている。
信仰、生活、山仕事、純粋な登山など、道の持つ役割は様々だ。
いまから約50年前の地図には、驚くような場所に無数に道が存在するが、これらのほとんどは純粋に登山のための道だったと思われる。しかし昭和初期まで遡ると、表示されている登山道の数は減るが、信仰や山仕事のためと思われるかつての主要な道が浮き彫りになってくる。
そんな昭和初期の古地図にひときわ太く描かれているルートを、つい先日、踏査した。

大武川本流

ルートの名前は大武川本流。南アルプスの天然水で知られる名水を育む甲斐駒ヶ岳を源とする川のひとつで、古くから甲州よりこの谷を抜けて、信州に抜けるルートがあった。いまでは踏み跡はほとんどなく、沢登りの装備をした一部の登山者のみが通うルートだ。
私も沢登りの装備を身にまとい、かつてここを登った人々に思いを馳せながら遡行した。さすがは甲斐駒ヶ岳の川だけあって、水の透明度が素晴らしかった。ところどころ大きめの滝があるものの、その滝をうまく迂回して登ることができるような地形になっていて、とても合理的なルート取りができた。これならば現在のような登攀技術は不要だ。
川に沿って登るため、水に困ることはない。木もたくさんあることから、途中で焚き火をしながら夜を明かすこともできそうだ。かつてここにルートを見出した先人たちは、そんな知恵と工夫で難なくこの場所を行き来していたのだろう。便利な道具で守られた現代人にはない、たくましさとしなやかさを感じる。
大武川に入って半分ぐらい進むとようやく甲斐駒ヶ岳が見えてくる。
そのあたりから谷の様子は一変した。記憶に新しい、2019年の台風19号による大雨の傷跡が痛々しかったのである。

自然災害と自然保護

南アルプスの広範囲で大きな被害が出たこの台風による豪雨は、大武川の景観をも大きく変えてしまった。沢底だけでなく川岸もえぐられ、大きな木や岩が散乱し、美しい渓相が一気に荒々しくなってしまっていた。
これまでもこのような大きな災害は何度もあったが、そのたびに変化し続けいまの景観がある。
しかし昨今、今まで経験したこともないような暑さや豪雨が頻発している。この原因を人間が作り出しているとしたら、やはりとんでもないことである。自然保護という言葉には、いつも疑問を感じる。

人間は自然によって生かされている

自然によって保護されているのは、人間そのものではないだろうか。
山の懐に深く入り込むと、人間は自然によって生かされているということを実感する。そして人間がいかに小さな存在なのかを思い知らされるものだ。いろいろと便利な世の中になって山が身近になったが、山が小さくなった訳ではない。

温故知新

これだけ長く山に登り続けていても、初めて登る山や初めてのルートからの登山はとても新鮮で楽しいものである。そしてその感動は、二度目では決して味わえない新鮮なものだ。
常日頃、登山は温故知新であると感じている。
今回のように、かつて先人が歩んだ道から新鮮な感動を味わえるなんて、まさに温故知新である。
そんな感動を、ひとりでも多くの人々に伝えていきたい。

RELATED

関連記事など