柏澄子
SumikoKashiwa

ライター 登山ガイド

  essay  

1967年、県内最高峰が日本一低い千葉県千葉市に生まれる。
中学生のとき、モーリス・エルゾーグの『処女峰アンナプルナ』を読み、空の雲を見上げては、「ヒマラヤはあれぐらい高いのかなあ」と思いふける。
高校、大学の山岳部で登山を覚える。
登山全般および山岳地域にまつわるあれこれをテーマにするライター。
なかでも、人物インタビュー、野外医療、チベット文化圏の話題に注力。
山岳専門誌、一般雑誌、web、新聞に寄稿。
著書は、『山登りの始め方』『ドキュメント山の突然死』『山の救急医療ハンドブック』『始めよう山歩きレッスンブック』『大人の山登り入門』など。
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイドⅡ。
(公社)日本山岳会理事。

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写真提供=渡辺洋一氏


山の日アンバサダーエッセイ

柏澄子

定点観測
最初に定点観測の面白さを教えてくれたのは、北穂高岳であり北穂高小屋だった。かつて2年間ほど、私は北穂高小屋の小屋開けから小屋閉めまで通うことがあった。毎月1週間程、あの絶景に囲まれて、山小屋の仕事を見せてもらい手伝うなかで、景観が少しずつ色を変えていくことを実感した。
たとえば、前山から太陽が昇る位置。ゴールデンウィークとお盆の頃は常念岳あたりであるのが、10月中旬には蝶ヶ岳になる。もっと短い周期の変化もある。秋の冷たい雨が周囲の山々を濃霧に包んだあと、晴れ間がやってくる。すると、山々の色づきが息をのむほど鮮やかになっている。ひと雨ごと季節が進むのだ。
横尾から歩き始めて本谷橋の手前にも、定点観測の地点がある。友人の写真家が、北穂に通うたびに、全く同じ画角で北穂高岳を撮影すると教えてくれた。私も真似をしてパシャリと一枚。20年続けると、枝葉がおおい茂り、北穂が隠れ気味になったことがわかった。
3年間通った甲斐駒ヶ岳黒戸尾根では、なかなかポイントを見つけられずにいた。やっと出会ったのは、急登と言われながらも緩急あるこの尾根の穏やかな場所。カムチャッカで亡くなった友人の登山家が、黒戸尾根で一番好きな場所だったと、彼と近しい人が教えてくれた。なんてことはないところだけれど、ここを通り過ぎ、そして振り返ると、いつも清々しい空気が流れているのは、彼の人柄そのものだって思う。
定点観測は、少しずつだけれど色んなことを教えてくれる。それは相手が人であっても同じように思う。いっぺんにたくさんを知ろうと思わない。時間がかかっても振り返ると、そこに山と自分、その人と自分との間に厚みのある関係が築かれているのが、嬉しい。

谷垣禎一会長のインタビューを担当する機会をいただきました。
私も、「山の日アンバサダー」という定点で、これからも役目をはたしていこうと思います。

写真キャプション
本谷橋手前からの北穂高岳。前日の降雪で白く染まった(2020年10月18日撮影)