私たちがおいしい水と空気、そして山の幸を手に入れることができ、心の安らぎをも享受できるのは「山の恵」のお陰。
山の恵みに感謝し、その恵みをもたらす自然環境を活用しながら保全していくことはとても大切なことです。
鈴木 啓助(すずき けいすけ)
私たちにとって「山」は崇高な存在であり、昔から信仰の対象にもなってきました。山国生まれの私は、山を遠くから眺めるだけでも心の安らぎを覚えます。
日本は四方を海に囲まれていますが、国土の約7割が森林(山)であり、山と森の国でもあります。よく知られているように栄養分や土砂が山から海に運ばれることにより、豊かな海産物に恵まれ白砂青松の景観が維持されています。牡蠣を養殖する漁民が、海に注ぐ川の上流の森に植樹を続けていることもよく知られています。また、川にダムができることにより、山から海への土砂の移動が少なくなると白砂青松の景観が危機に瀕することも自明なことです。これらの栄養分や土砂を山から海へと絶え間なく運搬し続ける水は、海から蒸発して雲を作り山の上に降った雪や雨が源です。飲用水としてのみならず農業用水などの水資源として重要な役割を果たす大量の雪も、日本海と脊梁山脈の両者の存在が不可欠です。さらには、鮭が生まれた川に遡上して産卵後に息絶えることも、海から山や森の生き物へ貴重な栄養分を運んでいるとも言えます。このように、山と海はきわめて深いつながりがあります。「海の日」に続き「山の日」が国民の祝日として制定されましたので、この機会に山と海の恵みに感謝しながら自然環境を見つめ直し、その素晴らしい自然を如何に次代に引き継いでいくかに思いを巡らしては如何だろうか。
山や森はおいしい水を涵養するのみならず、植物の光合成により二酸化炭素を固定し、酸素を放出する役割を果たし、森の枝や葉には大気中を浮遊する塵や埃を効率的に除去する働きがあります。山や森は清浄で新鮮な空気の供給にも貢献しています。さらには、季節を通じて様々な食材を提供してくれています。スポーツの場としての健康増進効果にも優れており、山の恵みは実に多種多様です。ストレスの多い現代人が、山に登り森を歩くのも、山や森にはストレスを解消する力があるからです。
島国であり山と森の国でもある日本では、どこにいても山を眺めることができます。3千m級の山々に囲まれている信州のように山が身近な所や、関東平野のように遠くに山を望む所まで様々ですが、海が見えるところは少なくても山はどこからでも見えます。このように、日本では山の存在があまりにも普通のことのために意識することが少ないかも知れませんが、実に素晴らしい存在なのです。私たちがおいしい水と空気、そして山の幸を手に入れることができ、心の安らぎをも享受できるのは「山の恵」のお陰です。山の恵みに感謝し、その恵みをもたらす自然環境を活用しながら保全していくことはとても大切なことです。
プロフィール
信州大学理学部教授 信州山の環境研究センター所長
鈴木 啓助(すずき けいすけ)
1954年 | 山形県寒河江市(サクランボの里)生まれ |
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1976年 | 北海道大学理学部地球物理学科卒 |
1981年 | 北海道大学大学院環境科学研究科単位修得退学 |
1981年 | 東京都立大学理学部助手 |
1996年 | 信州大学理学部助教授 |
1997年 | 南極地域越冬観測隊員(〜1999年3月) |
2002年 | 信州大学理学部教授 |
2004年 | 南極地域夏季観測隊員(ドーム航空隊)(〜2005年2月) |
2006年 | 信州大学山岳科学総合研究所長 (〜2014年3月)
専門は雪氷学、水文科学、山岳環境学。 |